沢田綱吉は光だった。
彼と出会って、醜いはずの世界に色があることを知った。
水牢の中、少女の目から見た世界は空が青くて、日の光が暖かくて。
彼という光、それに照らされた世界の、なんて美しかったことか。
愛せるかもしれない。
そう思いさえした。
この世界を、愛せるかも、と。



沢田綱吉が死んだ。
あっけなく死んだ。
曇天の日のことだった。
曇り空はやがて雨となり、葬儀が終わるまで止むことがなかった。
沢田綱吉が土の中に消えてしばらくしても、雲が空を覆いつづけ、太陽は覗かなかった。
モノトーンの人々や、くすんだ百合の花。
なんの感慨も残さず、視界は流れていく。
流れていく。
感情も、記憶もすべて、流れていく。

(君の声が思い出せないことに気づいたのは、ついさっきだった、)

月日は流れていくのだ。
あの時目蓋を赤く腫らしていた少女も、今はただ黙々と庭の手入れをしている。
そこは彼が好きだった花壇なのだという。
少女は白い指先を土に埋めて、新しい苗を植える。
白と黒とくすんだ緑。

「あ、」

少女がなにかに気がついたように声を上げた。

「どうしました、クローム」
「虹が」

雲の切れ間から差し込みはじめた光が、木々についた水滴で反射していた。
少女の伸ばした指の先に端の滲んだ光の帯。

『あ、虹だよ骸!きれいだね!』

「ええ、綺麗ですね。…綱吉」

ああ、もう声さえも朧気な君。
君がいなくなった世界はくすんで色褪せて、人間は相変わらず醜くて、そろそろ壊してしまおうかと思っていたのに。
なのに。

「きれい…」

少女は紫の瞳を細めて呟いた。
きれい。
例えば硝子のように透けた葉脈だとか、光を指して笑う少女だとか。
世界を構成する細部に宿るのは、淡く光る幸せに違いなくて。

「馬鹿な」

六道骸は泣きそうな声で囁く。
その振動を、ひとつ残らず拾ってくれた人は、もう、いない。
世界を照らした光はもう亡いのだ。

六道骸は、ようやく泣いた。

沢田綱吉の葬儀から、すでに何日も経っていた。

「そんなはずは」

世界を照らす光もなく、かつてすべてを憎んだ目で見ている。
眼前に横たわるのは、忌むべき人間道に違いないのだ。


やがて雲が流れ、緩やかに青空が現れた。

その瞬間、六道骸は否応なしに理解する。

なんということだろう。
最初から世界は美しかったのだ。

そして、光を失った今なお――



世界は今なお美しい。










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