彼は生まれながらにしての支配者だったので、支配される自分を許せなかったのでしょう。
かわいそうな王様。
少女は王様のとても近い所にいたので、ずっと彼を見ていました。
だから、恋をしていた時の優しい目も、それが叶った時の喜びも知っています。
…かわいそうな王様。
六道骸が沢田綱吉に別れ話を切り出したのは唐突だった。
にこやかに晴れやかに別れましょうなんて言われて呆然とした綱吉は、「えぇ」だか「はぁ」だか呻くので精一杯だったけれど、彼はそれを肯定と取ったらしく、以降はとても冷ややかな態度を取るようになった。
沢田綱吉は体重が減った。
ストーカー紛いな右腕しか気づかない程度の些細な変化だった。
それを除けばまったく変わらない彼に、六道骸はますます冷たい態度を取る。
見せつけるように、女物の香水をまとわりつかせてきたりする。
最近は、傷を抉るような皮肉も増えた。
「なあ骸、おまえ俺が嫌いなの」
「嫌いですよ」
「じゃあなんでまだ傍にいてくれるの」
「さぁ?」
本当はすぐにでも自分と関わらなくていいようにしてあげる用意はあるのに。
綱吉は思う。
こちらを見る瞳の奥に寂寥を見つけるたびに、手を離してやれなくなってしまう。
すがりつけないプライドと、手を離せない未練。
彼の皮肉でもうボロボロなのにな、と、自嘲した。
「寂しいんだろ」
「なんの話ですか」
「嘘つき」
頬に触れた綱吉の手を、骸は素早く払いのけた。
こちらを睨む苛烈な瞳は、それでもやはり泣いているようだった。
彼は手を伸ばして、首に絡めた。
ぐっ、と込められた力に思わず咳き込む。
彼は力を緩めない。
「殺してしまいたい」
囁いた声は気持ちを押し殺した激しさで、綱吉の唇が震えた。
目の前の瞳は相変わらず泣いている。
「君に縛られた行動しかできないなんて御免だ」
目の前に星が散り始めた。
綱吉は、危ないな、と思いつつ、鋭くなった聴覚で彼の言葉を追う。
「だから君を突き放してみた」
視界はとうとうぼやけてきて、世界は彼の声だけになる。
「ねえ、酷いですよ。君がいなければ眠れもしないかった。なのに君はちっとも僕に執着しちゃいないんです。平気な顔をしてるんです。どうして、いつまでたっても僕だけが縛られる」
自嘲する声が鼓膜を裂くようだった。
酷いのはどちらだろう。
綱吉は拳を握った。
執着していない?
なにを馬鹿な。
あれ以来毎日がどれほど辛かったか知らないのだろう。
どんなに辛くても、それでも顔が見たくて。
嫌われているのを承知でも傍にいた、これは執着だよ、骸。
「どんなに憎んでも結局は求めてしまうなら、いっそ愛せたら楽だったのに」
吐き出された言葉は彼らしくなく、そして血塗れのように聞こえた。
「夕飯はいりません捨ててくださいクローム」
帰ってきた六道骸は荒んでいた。
首やら手やらに走る赤い線に、また沢田綱吉関連でなにかあったのだなと推測する。
敬愛する六道骸は彼が関わるとひどく不安定になるのを、少女は知っていた。
「わかりました骸さま」
彼の沢田綱吉に対する執着は確かに愛だ。
なのに、彼は今まで支配しかしてこなかったから。
愛するなんて知らなかったから。
それに伴う優しい犠牲を知らなかったから。
クロームは目を伏せた。
長いまつげが頬に影を落とす。
――かわいそうな王様。
いつまでたっても彼は人を愛せない。