「いなくならないで、僕のポラリス」
抗争で頭を打って、入院していたとき。
骸が泣きながら言っていた。
当時は大したことのない怪我だと思っていたのに、後で九針も縫ったのだといわれてゾッとした。
だって抜糸がとても痛そうじゃないか。
「しかも君、しばらく意識がなかったんです。夢にも干渉できなくて」
「…悪かったよ」
「お願いだからいなくならないで僕のポラリス」
そう言って泣く骸の目が、綺麗だったのを覚えている。
「いなくならないで下さいね、僕のポラリス」
あれ以来、彼は時々その台詞を繰り返す。
いなくならないで、僕のポラリス。
「前から気になってたんだけど、ポラリスって何」
「おや、今まで知らなかったんですか」
「調べようと思ったんだけど時間がなくてさ」
彼は少し思案してから、皮肉げに笑ってそっぽを向いた。
「自分で調べなさい」
その後はどんなに聞いても教えてくれなかった。
むしろ、必死に悩むオレを見て楽しそうにしていた。
あの性格破綻者め。
知らないままなのは悔しいので、インターネットで調べる。
「ポラリス、と」
適当なサイトをクリックして開く。
「…北極星?」
北極星。
つまり、あいつの台詞に当てはめると、"いなくならないで僕の北極星"。
話の流れ的に"僕の北極星"がオレ。
「なんだよ北極星って………」
普通、恋人に使う例えは太陽とか月なんじゃないの。
いや、太陽に例えられたくはないけど。
あまりにもキザすぎる。
「でも北極星って暗い星だぞ」
嫌味か。
ダメなオレを皮肉っているのか。
「なあ、どう思うよリボーン」
ちょうどリボーンが執務室に現れたので聞いてみた。
その手には書類。
やめてくれ、オレを過労死させる気か。
「あ?南区域で暴れてるバカどもはとっとと殲滅したらいいと思うぞ」
「その話じゃねーよ」
得意の読心術で察してくれよ話題を。
「なんか言ったか」
「イイエナンデモアリマセン」
額にゴリゴリと当たる拳銃の感触に涙が出た。
「で?なんの話だ?」
「あ、そうそう。恋人の例えに北極星って使う?」
瞬間彼はすっごく嫌そうな顔をした。
蔑むような目である。
「ケッ。真面目な顔してっから何の相談かと思いきやノロケかこんちくしょう殺すぞ」
「ちょ!拳銃でぐりぐりは痛い!痛いから!」
「知るか」
彼は気が済むまでぐりぐりしたあと、ため息をついて手を下ろした。
「ダメツナめ。全ての星は北極星を中心に回って見えるだろうが!」
「……あ」
ねっちょりお仕置きだな、と、リボーンが青筋をたてた。
溜まった書類にお仕置きまで加わったら生き残れる気がしない。
ヘルプミー!
そんなことを考えて青くなっていると、リボーンがフイと目をそらして呟いた。
「さしずめアイツは椅子に縛り付けられた傲慢なカシオペアってとこか」
「なんだよそれ」
「ふん。少しは頭使え」
書類を机の上に投げて、リボーンは出ていった。
去り際に横目できつく睨んで、ため息をついていった。
そうとうイラッとしたようだ。
そんな先生のお仕置きを考えるとブルーになるので、考えないことにする。
現実逃避万歳。
「北極星かあ……」
改めて意味を知るとこっぱずかしいような。
ようなっていうか、恥ずかしい。
どうりで以前、雲雀さんがドン引きしてた訳だ。
ようするに僕の世界の中心は君ですって意味だもんね。
うわぁ恥ずかしい!
「でも、なぁ」
選んだのが太陽ではなく北極星であることに、彼の抱える痛みを見た気がした。
なにかを太陽に例えるには、彼はこの世の無情を知りすぎたのだろう、なんて。
たとえいつか、北極星がその輝きを失い消え果てても、星の廻りが止まないように。
オレの存在がなくなっても世界は移ろうことを、きっと彼は分かっている。
「あー、会いたいな」
バカみたいに自信があって、性格破綻者で、でもさみしがり屋の彼に、今とても会いたいと思った。
抱きしめて、オレをポラリスと呼ぶ口を塞いでしまおう。
北極星とか認めない。
だってそれじゃあ手も繋げないじゃん。
「せっかく人間に生まれたんだから、」
いなくなるとかそういう悲しいことは置いておいて、とりあえず一緒に幸せになろうよ。