夢は世界大戦です、なんて、高らかに謳ったあの頃の自分はどこへいったのだろう。

「おかえりー」

執務室へ行けば、小柄な男が笑っていた。
この十数年で、手ばかりが武骨になった男だった。
心得たようにテーブルの上に出されている紅茶が気に入らない。
自分はいつだって、事前に連絡なんてしないのに。

「おまえのことだから不備はないだろうけど、一応チェックするから座ってて」

報告書を受け取りながら笑う男に目眩がした。
僕はこれでも君を狙うと公言している、暗殺者なんですがねぇ?

ソファに座り、伏せられている両目を眺めた。
薄茶の瞳に、信頼の色を見つけてしまったのはいつだったか。
今は鼻唄まで歌っている。

―パラリ

指先が紙をめくっていく。
出会った頃とあまり変わらない彼の、もっとも分かりやすい変化が手だった。
あれはもう、戦う人間の手。

「すっかり、マフィアらしくなりましたね」

ぽつんと呟くと、彼は顔をあげて、少し眉をしかめた。

「えー、リボーンにはまだ甘いって追いかけ回されてるけどなぁ」
「クフフ、しかし変わりましたよ。以前の君はイタリア語なんて読めなかった」
「んなっ、そこかよ!」
「おや他になにか」
「…ちょっとは頼れるようになった、とかさ」
「クッハー、ありえませんね!」
「ああわかってたよ!期待した俺が悪かった!」

ふてくされて騒ぐ姿は確かにあの頃のままなのに。
両手と、その指にはめられた指輪が骸を急かす。

さあ、殺してしまえ。

立ち上がる。
彼の前に立つ。
ゆっくりと首に手をかける。

「どうしたの、骸」

こちらを見上げた顔は穏やかに微笑んでいた。
薄茶の瞳は揺らぎもしない。

手を、離した。

「折れそうだなと、思っただけですよ」
「えー…。怖いこというなよな」

彼は何事もなかったかのように報告書に目を戻した。

骸はカップを揺らしながら考える。
彼を殺したとして。
崩れた均衡に浮き足立つマフィア。
荒れる治安。
そこに軍を動かして、それから。
それから、それで、どうなるというのだ。

「はいオッケー。ごくろーさまでした」

笑って顔をあげた彼は、僕が黙っているのを見ると不思議そうに瞬きした。

「骸?」
「ああ…、ずいぶんな阿呆面だと思っただけですよ」
「わ、悪かったなぁ!」

たとえば、この瞳を裏切ったとして。
僕が得るものはいったい何だというのだろう。

本当はもう、薄々気づいているのだけど。







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