目の前に白い指があったので、薬指に噛みついた。
頼りない印象とは裏腹に、傷つき固くなった皮膚に舌を這わせる。
切る暇もなくて、少し伸びてしまった爪が痛い。
根本までくわえて歯を立てた。
指の持ち主は気づく素振りもなく、安らかに寝息をたてている。
噛みきってしまおうか。
そして胃の中で溶かして、自分の血と、肉と、骨に。
そうすれば。
ぼんやりと夢想。
たとえば結婚式。
司祭が指輪の交換を、と言う。
彼は、誰だか知らないが、女の手をとって、その細い針金みたいな指に指輪を通す。
次は女の番だ。
指輪をつまんで彼の指に通す。
しかし彼には薬指がない。
女は一生懸命に薬指のあたりに指輪を持っていくのだが、どうしたって嵌まらない。
指輪は何度も空を切る。
やがて、女の指はすっかり疲れてしまって、金だか銀だかの硬質なそれは地に落ちるのだ。
カツン。
礼拝堂の床はそれを一回か二回跳ねさせてやって、そうして結婚式はお仕舞いだ。
お仕舞い。
それはなんだかとっても愉快なことに思えて、ぐっと歯に力を入れて――止めた。
ゆっくりと口を離す。
よくよく考えてみればこれは右手の薬指であったし、口内から指が出た瞬間に、なにやらこの夢想がひどくどうしようもないものに思えたのであった。
実際、どうしようもない夢想だった。
残念ながら、自分は彼という存在が、たとえ指一本であっても欠けることが許せなかった、ので。