青空が好きだった。
あの子の色だった。
夜空は濃紺。星がうるさくて、たとえば今日、こんな夜は眠れない。
ざわざわと実体の掴めない感情が出口を求めてのたうっている。
隣のベッドで眠るレナの、額にかかる髪をよけて、その寝顔に微笑んだ。
幸せな夢を見ているだろう。
そっと部屋を出た。
廊下に出れば月と星とが青白い光を落としている。
カティアはなんとなしに座り込んだ。
――彼女に、望んだことはなんだったろうか。
彼女の幸せ。私のいないところで、泣かなくていいように、あの子の世界が閉じないように。
けど彼女の世界が広がることと、私と彼女の距離とを別にしていたのはある種の傲慢だった。きっと。

「…レナ」

呼んだ名前は一体、私の何だろう。
保護者を気取って庇護を真似て手を引いて、いざ一人立つ彼女を喜べないのは何故。
この感情を、形容できない。

微かな音で扉が開いた。
レナが立っている。

「…起きたの」
「起きたわ」

小さく返して、レナは隣に座った。
燐光が彼女の細い指先にも積もっていくようだった。

「どうしたの」
「どうもしないわ」
「うそ、どうもしないなら寝てたでしょう。…カティアがこうして起きるのはなにかあるときだわ」

カティアは意表をつかれたような気がして思わずレナを見た。
自分がこうして起きていることを、彼女が知っていると思わなかったからだった。
自分の弱味に対して、カティアは慎重に振る舞ってきたつもりでいた。
それが自然だと思っていたし、今思えば、レナに失望されることへの恐怖があったかもしれない。
恐怖。

レナの伏せた睫毛には、躊躇いが揺れていた。

「…何があったか、話してくれないの?」

思い切ったようにこちらを見て言う彼女に、自分の知らない一面を認めて動揺した。
動揺のうちに言い繕った。

「だって、どうもしないのよ」
「うそ。どうして教えてくれないの」
「なによ、」

動揺させられたのが腹立たしかったのか何故なのかは解らないけれど、急に苛立ちが込み上げて奥歯を噛んだ。
なによ、いきなりなんだっていうの。

「レナになにがわかるっていうの。私の悩みなんて知らないあなたに」

その言葉が想像より鋭利だったから、やってしまったと眉をしかめた。
でも、わかるはずがないと思う。わかって欲しくないとも思う。だってずっと隠してきたのだ。
あなたが思うより私はどろどろしていて、それを知ったかぶらないでと半ば憎悪のように考えた。

「あのねカティア、あなた、自分が思うほど完璧じゃないわ」

レナの瞳がまっすぐにこちらを向いた。

「嫌なことがあって苛ついていればわかるし、失敗したときに恥ずかしがっているのもわかる。結構簡単に怒るし根に持つし、悩むと誰にも言えないで沈んじゃう。意外と、わかるのよ」
「じゃあなお酷いわ。それよりもっと私は汚い。知れば嫌いになるわ。ほっといて!!」

駄々をこねるように立ち上がった手を、しっかりとレナが繋ぎ止める。
冷えた指先に暖かさが広がった。
放っておいてほしい。
そうでなければとても彼女の背を笑顔で押せやしないのだ。
けれど、じわりと広がる温度に刺を抜かれたようにカティアは何も言えない。

「ならないわ」

たった一言レナが言う。

「どうして断言できるっていうの、」
「断言できるわ。だって、ねぇカティア、」

指先をしっかり絡め直して、レナが立ち上がる。
揺れる彼女の瞳の中に、星を見つけて息を飲む。
ふっと景色が遠退いて、その水底の星から目が離せなくなった。
指先があたたかい。

「わたし、ずっとあなたに恋してきたのよ」

魔法の呪文を囁くように、掠れた声が鼓膜に届いて、星が、溢れた。

そろそろと伸ばした腕を、レナは身動きせずにじっと待っていた。
水のように重たい空気を掻き分けて、触れた頬、それをくしゃりと歪めて、彼女は「好きよ」と呟いた。

「好きよカティア。あなたの望むものをあげられない私だけど、ずっと、あなたが好きよ」

私が彼女に望んだことはなんだったろう。
彼女の幸せ。
ああでもそれが根源じゃなかった。

「私、カティアのためにどうしてあげたらいいかなぁ…?」

繋いだ手に力を入れた。
耳元に焦れったくなるくらいゆっくりと顔を寄せて言う。
声はみっともなく震えていた。

「わたしだけ、愛して」

いつだって私たちは二人きりじゃいられない。
それでも、愛して、繋ぐ手はあなただけ、私だけが良かったの。












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