「カティアとふたりきりがよかった」

しくしくと泣きながら、彼女がゆるく私の手をつかんだ。

目を伏せる。
こうなるのは初めてではなかった。

何があったのかは知らない。
レナは気の強いところがあったから、他の子とぶつかったりしたのかもしれないし、ただ単に急に甘えたくてしょうがなくなったのかもしれなかった。

「ねぇ、わたし、カティアとふたりっきりで生きていたい、ずっと、このままがいいのに」

彼女の涙は音をたてない。
夕方、部屋の外には木々のざわめきと鳥の声、風に乗ってかすかな人の話し声。
対して、部屋の内側にはただ耳を圧迫する綿のような静かさがある。
そんな中、彼女の小さな声が、乱れた呼吸が、それらだけが、指先を伝って私に届く。

「すき」

ぽつりといって口をつぐんだ彼女の髪を撫でてやりながら、カティアはさりげなく、本当にそっと、繋がれた指をほどいた。

「馬鹿なレナ」

耳元で呟けば、彼女はそれを肯定的意味に受け取ったのだろう。
眉を下げて笑った。

本当に、馬鹿なレナ。

たっぷりの愛をこめて、胸の中で呟いた。
ふたりっきりでなんか生きられやしないのだ。

そっと彼女の輪郭をなぞる。
ソフィ先生がいなければ、こうして触れることも、安全な屋根の下に住むこともできなかった。
フィリスさんの教えなしに、星を読むことはできなかった。
私たちは困ったときに助言をくれる友人なしに今までやってはこられなかった。

ふたりっきりを、もう何度も夢見て、でもそれではいけないのだと知っている。
円は完結しない。

「…目が赤いわ。冷やしておいでなさいな」

水場の方へ彼女を促しながら、薄暗がりに浮かび上がる白い指先を目で追った。

「すきよ」

呟けば彼女は照れたように笑う。
それでも私は彼女の手を握らないし、彼女を腕に閉じ込めもしない。

あの子の背を押そう。
それが、私にとってどんなに苦しいことでも。

星は巡る。
人も巡る。
立ち止まれば滞る。
だからこそ何度だって、私は彼女を送り出す。
巡り、巡って、私のもとへ帰ると信じて送り出す。

カティアはドアの向こうへ消えた指先を思いながら表情を消す。
のろのろと顔を下げ、自分の手を見つめた。

この手。
彼女に触れたがる手。
彼女を閉じ込めたがる手。
離したくないと喚く、手。

暮れていく部屋の中、カティアは柔らかく微笑んだ。
目元は影になって伺えない。

「それでも、ね、」

――ふたりで生きるため、何度だってあの子の背を押すと決めたのだ。


  いってらっしゃい、
  楽しんで。











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