目を開けた先が、刺すような光だったのを覚えている。

生まれたときから前世の記憶はあったが、生まれ変わったらしいと自覚したのは五つを過ぎた頃だった。
その時にはすでに三人の弟と妹がいて、おむつも食事の世話も任されるようになった後であった。

自分が殺した人間。
自分に妹を殺された人間。
自分を殺した人間。
三人が三人とも、何の疑いもなしに自分を慕ってくるのは、皮肉なことに違いなかったが、何よりも皮肉であったのは彼らを愛してしまった自分自身であろう。

スコルピオスは腕の中で寝息をたてる小さな体を抱き直す。
穏やかな寝顔だ。

あい。
この感情がその名を冠すのだと、今世で初めて知った。

スコルピオスは顔をあげる。
視界の端に、道端で蝶を追う弟の姿が見えた。
スコルピオスは嘆息する。

「レオン。エレフが迷子にならないように手を繋いでおけ」
「はい兄上!」

嬉々として駆け寄るレオンティウスを、エレフセウスは鬱陶しそうに押しやっている。
あの二人は馬が合わない。

スコルピオスは目を細めた。

(こうやって、前世の影を見つけるたびに、ああ、いつかはこの子らに憎まれる日が来るのだと気づいてしまう。)

「…ミーシャ、そろそろ家に着くぞ。起きなさい」
「うー、むう」

いやいやをするようにすりよってくる妹を見てエレフがこちらを睨んだ。

「ミーシャを独り占めすんなバカ!」
「こらエレフ!兄上にバカなんていってはいけないんだぞ!」
「しるかよレオンのバァカ!!」
「二人とも黙れ。ミーシャが泣くぞ」

ぴたりと口をつぐんだ二人を見て、やれやれと呟く。
我が家の中心のお姫様は未だに夢の中だ。
徐々に赤い屋根の我が家が近づく。
庭では向日葵が盛りをむかえている。
太陽と快活さを連想させるあの花が、スコルピオスは苦手だ。
その理由は、彼にとってそのイメージが希望と恐怖、そして身を二つに裂くような痛みを伴うからに他ならない。

スコルピオスは、視線を下へずらした。

「レオン、ドアを開けてくれ」

玄関へ入ると見慣れない靴が2足。
華奢なパンプス、それから小さなスニーカー。

「ただいまー!」
「ただいまかえりましたー!」

口々に叫んでリビングへ駆けていく弟たちを見やりながら、スコルピオスはゆっくりと靴を脱ぐ。
ミーシャがぼんやりと目を開けた。

「おうち?」
「ああ」
「じゃあおりる」
「靴を脱ぎなさい」

下ろしてやりながらスコルピオスは注意する。
靴を脱いだミーシャの手を引いてリビングへ入れば、母親と見知らぬ女が談笑している最中だった。

「ああ、お帰りなさい二人とも」
「…そちらは」
「近くに越してらしたんですって!エレフと同い年の息子さんがいるのよ」

母親の紹介を受けて女は微笑んだ。
金髪だ。
彼女は部屋の奥に目をやって、手招く。
駆け寄ってきた少年もまた金髪。
女がこちらに向き直り言う。

「オリオンっていうの。越してきたばかりで友達もいないから、仲良くしてやってね」

こちらを見つめる少年の瞳は鮮やかな青だ。

「すっげー!エレフのにーちゃんの髪真っ赤!!」

弾けるように笑った顔は、飛ぶ速さとガラス片の鋭さで突き刺さる。
スコルピオスはただ頷いて背を向けた。
足早にリビングを後にする。
母が困ったように自分の無礼を詫びているのが聞こえた。
知ったことではない。

(もしも、出会えたとしても、)

襲うのは恐怖でしかないと思っていた。
関わっても良いことなど何一つないと、分かっていて。
名誉、幸せ、王座、そしていずれは今手の中にある暖かささえも、そう、自分が望むものはすべてこの手を離れていくのだから。
だから、だからこそ。
会うまいと。
関わるまいと。

スコルピオスは自室のドアを閉め、座りこむ。

「オリオン」

もしも今世で出会えても、喜びは仮初めで、また彼を失う恐怖に怯えるのだと思っていた。
そして、それは正しい。
いつか彼は思い出す。
彼が思い出さなくても、自分は覚えている。
彼の肉を断つ剣の重みも、憎しみも、すべて。

それでも、指先を震わせるこの感情の名を、自分はもう知ってしまった。



「オリオン」



知らなければ、出会わなければ、などと考えるのは不毛だ。
いずれにせよ自分は既に、薄氷の上をゆくことを選んでしまったのだから。










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