「オリオン、貴様、保護者会の出欠届の提出がまだだろう」
名指しされた本人は頓狂な声をあげた。
「そりゃねぇよ!!」
オリオン少年、月曜日のホームルームでの悲痛な叫びである。
それを向けられた本人はただめんどくさそうに眉をしかめた。
「出とらんものは出とらん。大方出した気になって忘れてたんじゃないのか」
「いやいやいや出したって!ちょ、マジ、マジだから!欠席にくっきり丸印!!」
「じゃあ提出ボックスを間違えたんだろう」
「本当にうちのクラスのボックスに提出したって!」
まったく取り合おうとしない担任に、オリオンは証人を召喚した。
エレフである。
「なあエレフも見てたろ!?いっしょに提出したよなぁ!?」
「本当かエレフセウス」
いきなり当事者になったエレフは妹の横顔から嫌々視線を外して、肯定した。
あんまり嫌そうなのでオリオンは少し傷ついた。
「あぁ。確かにうちのクラスのボックスだったから、どっかに紛れてるだけじゃねーの」
「そうか…。もう一度探しておく。それではホームルームを終了する。起立!礼!」
眉間にシワを刻みながらスコルピオスは引き下がった。
鶴の一声だ。
HR終了の宣言に多くの生徒が立ち上がり出口へ向かう中、オリオンは難しい顔で椅子に座っていた。
「どーしたオリオン、置いてくぞ」
「…ずるい」
「は?」
不審げに見下ろす友人を睨み付けてオリオンは叫んだ。
「なんでオレがエレフより信用ねーの!?」
若干涙目のオリオンにエレフは「うわぁ」と呟いた。
ちょっと引いた。
だって理由なんて明確じゃないか。
「おまえが普段からふざけてるからだろ」
「どこがだよ!」
「どこってそりゃおまえ、」
エレフの脳内を駆け巡る映像はさながら「好き」の大爆撃である。
爆撃犯はオリオンで、被害者はスコルピオスだ。
あのまとわりつき方では、からかっているようにしか思えないんじゃないのか。
「え」
オリオンは雷に打たれたように硬直した。
「オレ、いつも全部本気なんだけど」
そりゃねえよ!
思わず呻いたエレフだった。
「お前は言葉に重みが、ない!!」
「そんなの知るかよ…」
あ、と思ったらオリオンはうつ向いていた。
しまったと舌打ちしてももう遅い。
コイツはつまずくととことん沈むのだ。
「…オリオン」
「エレフはいいよな、普段から硬派だなんだっていわれて、信頼もあっ
僻むではなく、純粋に弱ったようにオリオンは言う。
「オレは、楽しいのが好きだし、いっぱい話したいよ。笑ってほしいよ。…それでも、本気が伝わらないならいっそ、」
声なんて、出なくなればいいわけ?
ぐらぐらと揺れる言葉の列に呆れたようにため息をついて、エレフはどっかと腰を下ろした。
「あのなぁ、」
ぞんざいに言う。
「お前の性格まで否定してない。要所要所で真面目にしろって言ってるんだよ。たとえば好きとか、そういうことは特に」
やっと顔をあげた友人に、「ん」とドアを指して見せた。
オリオンはきょとんとしている。
「実践してこい。出来るだろ」
「…やっぱエレフ好きだぁぁぁぁ」
感激して抱きつこうとするオリオンをエレフは力強く押しやった。
兄弟揃ってシャイだなぁとオリオンは笑み崩れる。
緩みきった頬をつねりあげたい衝動と闘いながら、エレフは彼を廊下へ追い出した。
ポイ!
あとは自分で勝手にやればよろしかろう。
ふん、と鼻を鳴らしてエレフは首を回した。
やれやれ、手のかかる親友だ。
放り出されたオリオンはまっすぐに駆けていった。
きりりと目元は引き締まっていたけれど、脳内に溢れていたのは愛の言葉だった。
どうしようもない。
飛び込んだ教員室にはスコルピオスしかいなかった。
なんて運命的なんだろう!
オリオンはミラにではなく自分の運のよさに感謝した。
「スコピー!」
「騒々しいぞオリオン」
思いっきり叫んだら予想以上に声が響いたので、オリオンは赤面した。
麗しの彼は眉間にシワがよっている。
ダンディでクールだ。
彼はしかめっ面のまま手元に目を落として言う。
「…お前の届けだが、まだ見つからん。本当にボックスに入れたん、」
「スコピー」
いつになく真剣な声がスコルピオスをさえぎった。
彼は怪訝そうにオリオンを見上げる。
いつもの笑顔を消した少年は、射抜くように精悍だ。
そうか、こいつももう一人前なのか。
軽い衝撃に、スコルピオスは戸惑った。
「どうした」
「好きだ」
スコルピオスはギシリと硬直した。
微動だにしない。
これは、どうだろう。
オリオンはドキドキしながら返事を待った。
いつもなら「煩い黙れどっか行け」と怒濤の悪態が返ってくるのだけど。
「ハァ…」
あれ、ため息?
背中を冷や汗が伝う。
スコルピオスは疲れたように眉間を押さえている。
「何が楽しいのか知らんが、いい加減私をからかうのはやめろ。不愉快だ」
「本気」
「は、」
「本気なんだ、いつだって」
笑わないで、ちゃんと伝える。
じっと覗き込んだ先で、赤い瞳が揺れたのが見えた。
と、彼は急に目をそらして立ち上がった。
「え、スコ、」
「欠席だったな。見つからんが、そういうことにしておいてやる今回だけだぞ。部活がないならさっさと帰れ手洗いうがいをして勉強しろ。さあ!」
口を挟む暇もなくグイグイと外に押し出され、オリオンは目を白黒させた。
ピシャン!と背後でドアが閉まる。
そりゃねえよ!
振り返って抗議しようと口を開け、て…オリオンはポカンと立ち尽くした。
「う、わ」
後ろ姿でだってしっかり分かる。
彼の両耳は、その髪色と同じぐらいに赤かったのだ!
オリオンはすっかり心臓が痛くなってしまって、それ以上なんにもできなかった。
顔を真っ赤にしてへたりこむ彼を一番に見つけたのは下校しようとしていたエレフセウスで、呆れたようにため息をついて力強く蹴飛ばした。
それでもまったく反応がなくて、うるんだ目はぼんやりと宙を見つめている。
まるで恋する乙女のようだ。
エレフは今日で一番大きなため息をついた。
そりゃねえよ。