遠目にもわかる赤髪に、オリオンは「うへぇ」と声を漏らした。

「どうされました、隊長?」
「やー…オレ苦手なんだよねー、あの人」

野心でギラギラしてて、何するかわかんない感じが非常に怖い。
関わりたくないタイプ。
しかし彼、スコルピウスはオリオンが率いる弓兵部隊の指揮官だった。
つまりは直属の上司なので、関わらないわけにはいかなかった。
嫌そうに頭を掻くオリオンに、傍らに立つ部下は苦く笑った。

「でもどうやらただの見回りのようですし」
「ただの見回りでわざわざ来るようなタマかぁ?」
「それはまぁ確かにあまりこちらにはいらっしゃいませんが…」

オリオンの言葉を証明するように、スコルピウスは歩調を緩めずこちらへやってくる。
さすがにオリオンも姿勢を正した。

「お前がオリオンか」

鋭い声で問われる。
え、オレなんかしたっけか。
オリオンは動揺を悟られないように頷いた。

「ふん…。弓兵といえど剣が扱えぬわけではあるまい。相手をしろ」

剣の名手といわれている彼の人の言葉は、死刑宣告に等しいと思われた。
ミラよ、オレが何したって言うの!
真っ青になりながらスコルピウスについていくオリオンを、部下が気の毒そうに見送っていた。

***

「抜け」

中庭につくなり彼は言った。
そして次の瞬間には斬りかかっていた。

「どわぁっ?!」
「なにをモタモタしている」

一切手加減のない衝撃に、オリオンは防戦の一方を強いられる。
目の前の赤い瞳は切り伏せる意志が明確に浮かび上がっていた。
ゾッとする。
重い剣撃に、だんだん手がしびれてきた。

――ギィン

数分も持たなかった。
剣は弾き飛ばされ、遠く離れた地面に刺さっている。
ひたり、と、首にあてられた刃先の感触に、じわりと汗が滲んだ。

「…アナトリアの王子も、所詮はこんなものか」

蔑むというよりは、落胆したような言い方だった。

「王子つっても捨て子っすよ。今はただの弓兵」

苦笑いしながら言うと、スコルピウスは目を細めた。

「おかしなことを言う。王族は…血がすべてなのだろう?」

ドキリとするほど毒を含んだ言葉だった。
思わずその瞳を見つめたが、硬質な宝石のようなそれからはなにも読み取れなかった。

「…殿下は、その、なぜそこまで」
「もってまわったようなような言い方はよせ。不愉快だ」
「じゃあ失礼しますけど、なんでそこまで王位に執着するんです?頂点なんてめんどくさいだけじゃないですか」

それはオリオンにとって長年の不思議だった。
たしかに上にいくほど生活が楽になるのは理解できる。
だが王位なんてものは制約が増えて自由を失うだけではないか。
なぜ人はそれを目指すのだ。
自分は弓兵隊長だけでも規則が多くて辟易しているというのに。
スコルピウスは理解に苦しむように眉を寄せた。

「王子のくせに腑抜けたことを言う」
「だからオレは王子なんかじゃないんですって」
「…私には国を治める力がある。力ある者が頂点を目指すのはあたりまえだろう」

常識を述べるような口調にオリオンは思わず「へぇ!」と呟いた。
世界にはなんと考え方の違う人間がいることだろう。

「…もっとも、私が求めるものはすべて私を拒絶するのだがな」

小さな声でそう言い捨てて、彼は外套を翻し去っていった。
赤く揺れる髪は、その名の通り毒を含んだ蠍の尾のようだった。
考え込むようにしてオリオンは呟く。

「スコルピオス殿下、ね」

オリオンの親はアナトリアの王だった。
しかし忌み子として捨てられ、奴隷商に売り飛ばされ、物心ついたときには大人に混じって働いていた。
その間に身に付けたのが、類い稀な人懐っこさと、人を見る目。
この人は今日は機嫌が悪いからなるべく近づかない。
この人はぼんやりしてるから少し休んでもバレない。
生きていくために、状況判断は欠かせず、故に彼は人の心情を察するのに長けていた。
だからこそ気にかかった、あの言葉。
彼にとっての玉座とは、何だ?

「なんにせよ、っと」

オリオンは剣を拾い上げるためにかがみこんだ。

「スコピーって案外面白いかも?」

もしあの鉄壁のムッツリ顔を崩せたら、それほど愉快なことはない。

オリオンは状況判断に優れていた。
危ないもの、よくわからないものには近づかない本能があった。
しかし。
それを覆すほどに、面白いことが大好きだったのであった。








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