「ええムシュー、そうしてお腹の子は死んだのですわ」
「そっか。死んでしまったの」
主はそう言ってオルタンスの頭を撫でた。
途端、オルタンスの目からポロポロと涙がこぼれる。
主がそれを指先でぬぐう。
けれども涙はこぼれ続ける。
それを繰り返すうちに彼はやっと瞳を潤ませて、ああ、と、短く息を吐くのだ。
「ああ、悲しいね」
そうして色違いの瞳からポロポロと涙をこぼす。
涙が止まるまで、二人は手を繋いで、しくしくと泣き続けた。
その様子を、幼子の咀嚼に似ていると、ヴィオレットは思う。
口に含んで、噛み分けて、飲み下して。
そうして彼は、やっと泣くことが――笑うことが――できるのだ。
「ムシュー、オルタンス、お茶が入りましたわ」
こんな時、私は紅茶を用意する。
それから甘いお菓子。今日はダックワース。
こちらを向いた二つの顔を見て思案する。
ちり紙と蒸しタオルが要るかもしれない。
「ムシュー、鼻をかんでくださいな。オルタンスはこれで顔を拭いて」
「ありがとうヴィオレット」
「ありがとう」
ちーん、と、イヴェールが鼻をかんでいるあいだに、タオルにお湯を含ませて絞る。
湯気を上げているそれを、主の目に宛がう。
そっと上から押さえてやると、気持ちいい、と、彼は呟いた。
「ねえヴィオレット」
「なんですかムシュー」
「僕は悲しいけどね、幸せなんだよ」
胸を衝かれたような気がして、主の顔を見つめた。
その口元はたしかに微笑んでいて。
「あの人が紡いだ詩は、途切れてなんかいないんだ。全部、僕に繋がっているから」
だから僕は幸せなんだよ。
そう言って、彼は笑った。
私が言葉を失い、呆然としていても、彼は笑ったのだ。
「ヴィオレット?」
「なんでも、なんでもないのですわ、ムシュー」
オルタンスが不思議そうにこちらを見ているのがわかった。
紅茶が冷めてしまいますわ、なんて言って。
「さぁムシュー、オルタンスも待っていますし、お茶にしましょう」
「うん」
きょとんとした顔の主の手をひきながら思う。
彼は感情を咀嚼し、消化し、確かに変わっているのだ。
変わって、いくのだ。
彼を抱く、冷たい冬。
けれどもう、雪は止んだのかもしれなかった。