お誕生日おめでとう!
写真の中、逆さ釣りになった男の背景にでかでかと書いてあるのを見て綱吉は爆笑した。
男は最近規模を拡大していた食品企業のトップで、整っていた顔立ちが見る影もない。
さらにそこまでやられていながら部屋は綺麗なままというのが、犯人との実力差をよく示していた。
抵抗すらできなかったということだ。

「笑っている場合ですか!これでうちの連中が必死こいて取り付けた契約はパアですよ!」

今にも綱吉につかみかからんばかりな強面の男、彼の肩書きは、ボンゴレ十一代目という。
十一代目というのはあまり正確ではないかもしれない。
ボンゴレの主軸は綱吉の代でマフィアから貿易へと移行した。
彼はたしかに裏の世界出身だけれど、ボスではなく社長で、リングだって継いでいない。
マフィアのボンゴレファミリーは、緩やかに死につつあった。

そんな十一代目は、写真と一緒に持参した報告書(現場の状況、被害の規模、報道陣への根回し、犯人捜索の進展)を握り潰し、歯軋りの音がギリギリと聞こえている。
憤怒の表情を浮かべるその迫力はかなりのものだった。
なんたって、こうした事件は初めてじゃない。
今回のように派手ではなくても、取り引きが成立した矢先に相手が倒産したり、内部文書が流出して上層部が総入れ替えになったり。そのたびに契約は流れ、致命的ではなくても赤字がでる。
さらには全ての被害者に共通するのがボンゴレとの関わりということで、警察からの目もだんだん厳しくなってきていた。

「いい加減なんとかしたらどうなんです――あなたの守護者だろう!」

そう、一連の事件、犯人の名前は六道骸という。

吠える彼に対し綱吉は真面目な顔を作って唸った。

「いやー、俺がもうボスではないように、あいつももう守護者じゃないからなぁ」
「そんな屁理屈が通用しますか!」
「隠居したジジイにそんな力ないしねぇ」
「寝言は寝て言いやがれ、ボケるにはまだ若いでしょうがッ」

ますますいきりたつ相手に対し、綱吉は余裕の表情だ。

「しょうがないよ、みんな身から出た錆だし。あっちはドラッグに手出ししてたんでしょ」
「そりゃ分かってます。だからこそ血が流れないようにあの手この手で丸め込んで、ルートを叩き潰す手筈だったんです。
どうせならこっちの計画が動く前か、終わってからにしてくれればいいものを、金と人員動かしだしてからってもう明らかに嫌がらせでしょう!
第一なんです、誕生日おめでとうって!!プレゼント貰うなら、もっとマシなもんにしてください!!」
「無茶な」

肩をすくめる綱吉にこれ以上言っても無駄だとさとったのか、彼は忌々しげに書類のシワを伸ばした。
もう手遅れなくらいにはぐしゃぐしゃだったけれど、読めなくはなかった。

「――どうぞ。お読みになりたいでしょうから差し上げます」
「ご苦労様」

ねぎらいの言葉は本心で、綱吉だってこの後に待っている処理の大変さをよく分かっていたし、気の毒に思っていた。
ただそこに罪悪感はない。
事実六道骸は4年前に綱吉が引退してから守護者の任を外れており、以来綱吉は一度も骸と連絡をとれていない。
能力の衰えが引退の理由でもあったから、超直感で居場所を突き止めることもできなかった。
どんなに走り回っても、手がかりさえつかめなかった。
連絡手段がなければ苦情だって言いようがないもん、俺は悪くない。
綱吉はそう思っている。

「では、自分は戻ります。なにぶん懸案が山積みなもので!」
「お疲れー」

憤然と出ていく男を、座ったまま見送った。
ドアが完全に閉まってから、綱吉は目を伏せ、指先でそっと写真をなでる。

「相変わらず元気みたいでなによりだよ、ほんと」

穏やかな声だった。

六道骸は事件を起こすたびに、なんらかのメッセージを残していた。
一番ひどかったのは、ボンゴレと競合していた流通企業の副社長がメモリーカードとブリーフ一丁で転がされていた事件で、罪状は人身売買。
組織がらみの、かなり大規模な摘発になった。
メッセージは「あけましておめでとうございます」。
内容も時期もえげつない。
新年早々駆り出された社員たちの恨みがましげな顔は忘れられない。
綱吉だって最初はふざけるなと思ったし、事件の度に捕まえようと躍起になった。
今はもう、面白がるだけの余裕がある。
やり方は悪いが筋は通っているし、彼が元気でいるのが――綱吉を忘れずにいることが、よくわかる。

「なぁ骸」

顔を見たい。
声を聞きたい。
話がしたい。
それが無理なら、手紙やメールだっていい。
さびしさは年々深まるばかりだ。
けれど、綱吉はもう骸を探さない。
見つからないと分かっていたし、追いかけてどうするというのだろう。
捕まえるとでもいうのか。

もう一度、写真をなぞる。
清々しいまでに完璧な犯行と、「お誕生日おめでとう」。

「充分だよ」

たとえこの先二度と会えないのだとしても、彼が自由に生きているという一点だけで、もう充分だと思うのだった。









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