六道骸は愛を信じない。
彼にとって、信じないというのは盲信しないという意味である。
愛は不変ですべてを救うなんて、そんなはずがないと思っている。
守らなければ壊れてしまうだろうと思っている。
事実それは間違いではない。
正しくもないけれど。

綱吉が「骸」と呼んだ。
室内は二人きりで、ボスの部屋らしく空調が利いていた。
それなのにどこか寒々しかった。

「なんです」
「お前、またなにかしたろ」
「まぁ、なにかといえば、息ぐらいはしますよね」
「バカ」

ちょっとこっちこいよ、と、促されて骸はおとなしくしゃがむ。
綱吉は意識して抑えたような、ゆっくりとした動きで彼の頭を抱いた。

「お見合いの話が来てたファミリーの娘さんの、」

かさつく唇をなめてから、綱吉が口を開いた。
反対に声は重く湿っている。

「エミーリアの駆け落ち。マリアの失踪。リサの結婚。ターシャと俳優のスキャンダル。お前が関わってるのは、どれなの」

(全部、と言ったら)

この男はどんな顔をするだろう。
思って、けれど骸は「全部」と言うかわりに「なにも」と言った。
いいえなにも、と。


最初がいつだったかは覚えていない。


男も女もそれなりに相手をして来た骸が、いままでの誰よりも執着したのが彼だった。
おそらく愛している。それも、この世界で一番に。
六道骸は自分の気持ちの把握には自信を持っている。
混乱を乗り越え恋人になった。
そうして今、綱吉は骸を好きだと言って笑う。
骸はそれに笑い返す。

六道骸は愛を信じて、いない。

沢田綱吉は結婚願望があり、かわいい異性に憧れる、まっとうな人間だった。
骸への「好き」は錯覚かもしれない。(例えば笹川京子が熱烈に迫ってきたら彼はそちらをとるのだ。絶対に。)
それでもいい。
錯覚を真実だと、骸こそ無二の相手だと、信じ込ませてやればいい。
ずっとそばに彼がいるなら、それでいい。

(破産や失脚、火事や事故は君が悲しむからやめました。彼女らは幸せで、僕の目的も達成される。褒めてくださいよ)

言えやしないから、骸は深く息を吐いて綱吉の薄い腹に顔を埋める。
久しぶりの体温だった。
二十五歳になった綱吉に舞い込む縁談と、刺客とは途切れない。

「なあ、骸、オレにはずっとお前だけだよ。オレが一緒に幸せになりたいのは、お前なんだ」
「僕もですよ。悔しいことに」

答えながら、骸の胸にあたたかいものが満ちていく。
これでいい。

六道骸は愛を信じない。
愛が永久を冠することを信じない。
沢田綱吉が口にする「ずっと」は真実だろう。ただ、この一瞬においてのみ。
それを不実と詰るわけではない。
人の心の移ろいやすさをわきまえているだけだ。
だから骸は、この今を維持することにすべての力を注ぐ。
彼を奪う可能性のすべてを潰し続ける。
事実、それで今まで続いてきたではないか。

「…骸、お前、最近痩せたよ」
「少し、疲れたかもしれません。しかし君がいさえすればなんてことはない」

綱吉が抱きしめる腕の力を強めた。
そのたしかなぬくもりの中で、骸は次のターゲットを思い描いている。

――欲しいものは自分で手に入れるしかないのだ。











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