長い爪は、彼が子供をやめてからの年月であった。
光に焦がれて壁を掻くことを、やめてからの。
だからこそ。
だからこそ、その長い爪の手入れは、何よりも丁寧にするようにしていた。



白く骨ばった右手をうやうやしくとって、台の上にのせ、親指の爪にヤスリをあてた。
欠けたりひび割れたりしてしまっている部分を丁寧に削って、先を丸く揃える。
指の一本一本を手に取り、その作業を繰り返す。
右手が終わると左手をとって、また親指から。
最後に両手を並べて、出来栄えを確認。
ひとつうなずいて、彼女は道具をしまった。

ぱたん、と、箱の閉まる音を聞きながら、彼はそっと自らの爪の先に触れた。
形よく、しかし、肌を傷つけないよう整えられた爪。
この爪を、いっそ指先まで切ってしまおう、と、言ったことがある。
長い爪は気を付けなければ彼女達を傷付けてしまいそうだったし、なくても不自由はしないだろうと思われたからだ。
けれど、いつもは無口な彼女が――μが、否を唱えた。
曰く、自分の一部を簡単に切り捨てて欲しくない、と。
それでも切ってしまおうかと迷う心を、引き留めているのは彼女の手付きなのだった。
まるで、大切なものに触れるようにするから、この爪を厭わしく思うことができずにいる。



長い爪は彼が子供をやめてからの年月であった。
彼の悲しみと、諦めの歴史であった。
それを捨ててしまうことは、ひとり泣いていたあの子供を、幼い彼を、切り捨てるように思われて。

ああ、我が主。

μは切に願う。

その長い爪を、どうか疎まないで。
私は貴方を、その悲しみも含めて愛しているのだから。








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