企画 | ナノ
――前にもこんなことがあった気がする。
車の中で缶コーヒーを啜りながら、薄紅は日が傾くに連れて一層侘しさを増すアパートを眺めていた。
此処はターゲットのセーブハウスだ。家に納まらない仕事道具や、緊急時の隠れ場所として使っているらしい。大荷物を抱えて帝都中を歩く回るより、此処に逃げ込む可能性が高いと睨んで家の様子を探りに来たが、部屋からは物音一つしない。
メーターも動かず、排気口も沈黙している。ドアノブに土埃も付着していたので、未だ此方に来ていないようだ。
ならば、家主が帰ってくるまで待ち続けようと、駐車場で待機を決め込み、更に一時間半が経過した。辺りはすっかり暗くなり、ジジジ、と外灯が白い光を出し始める。あぁこの光景にも既視感があるなと眉間に皺を寄せながら、薄紅は缶に残った僅かなコーヒーを呷る。
家では愛する妻と娘と、生まれて間もない息子が待っている。早く帰って、妻の淹れた熱いコーヒーを飲みながら、可愛い盛りの娘と戯れたり、息子の寝顔を眺めたいというのに。
待ち受けにした家族の写真を見て癒されたい衝動を堪えながら、薄紅は深く溜息を吐いて、今日一日で飲んだコーヒーの缶が入ったコンビニ袋に、今し方空になったばかりの缶を放り込んだ。
カシャン、と軽い音がしたのと、暫く沈黙を決め込んでいた携帯電話が鳴り響いたのは、ほぼ同時だった。
「もしもし。私です」
「……なんだ、昼行灯。何か、追加情報でも入ったのか?」
此方は何も進展はないから帰っていいかという気持ちを抑えながら、薄紅は座りっぱなしが堪えてきた脚を組み直した。
帰りたいのは向こうも同じだ。何せ一分一秒でも早く帰って妻の顔を見る為に社内の就労改革を提唱したくらいだ。
残業撤廃。定時前退勤。在宅勤務。
こういった仕事が入ると砂の城の如く崩れ落ちる三原則に想いを馳せながら、薄紅は、この遣り取りもデジャビュだなと眉間の皺を徒に揉んだ。
「いえ……もう、情報を仕入れる必要はなくなりました。貴方が、外に出ている必要も……」
「……いつだか聞いたような流れだが、敢えて言おう。話は簡潔に頼む」
まさか、とは思った。そんなことが二度もありはしないだろう、と。
だが現実は、いつも俄かには信じがたいものであるということを薄紅は改めて思い知らさせた。
「……例の絵が、手に入りました」
「…………またか?」