企画 | ナノ
サカナの記憶とLANのデータから特定したキヅネの自宅は閑静な、というより、鬱蒼とした雰囲気のある住宅街の奥地。今一つ日の当たらない古びたアパートの一室にあった。
「此処がキヅネの家か……」
「ボロっちいとこ住んでるね。コウヤマリスペクトなのかな」
裏の組織と仕事をしていた贋作画家であれば、そこそこ稼いでいただろう。わざわざ築数十年は確実の木造アパートに住む理由があるとすれば、その生涯をオンボロアパートで終えたコウヤマ・フミノリへのリスペクト精神からだろう。
この辺りは帝都中心部の開発に伴い追い遣られた人々が暮らす、高層マンション群の影に埋もれた裏町だ。昼間には殆ど人の気配が無く、時たま見られる人影にも覇気や生気が感じられない。
日がな一日其処に腰掛けて煙草を吹かしているだけの老人や、ダンボールの上で寝ている中年の男、痩せた肩を剥き出しにした格好で洗濯物を干す女。モノツキが立ち入っても騒ぎ立てず、鈍く尖った視線で一瞥するだけの人々。こういう場所にキヅネの家があることは、昼行灯達にとって有り難いことだった。
「何にせよ、こういう所の方がやり易い。……どうせ出て来ないでしょうし、蹴破りますか」
「了解」
近隣住民への配慮など一ミリも無く、昼行灯が力任せにドアを蹴り付ける。
溜まりに溜まった郵便受けの中身がぶちまけられると共に、湿気た空気と鼻を刺す油絵具の匂いが広がる。独房めいた狭さのワンルームは、生活ゴミと画材で酷く散らかっていたが、一目でがらんどうな印象を受けた。部屋の主たるキヅネが居ない為だ。
「……チッ。もぬけの殻か」
どうやら、此方が嗅ぎ回っていることを知られたらしい。蹴散らしたように散らかるゴミと、踏み潰された絵具チューブ、中途半端に閉められた箪笥の引き出しからするに、所用で家を出ているという訳ではないだろう。
「昨日のレシートです。恐らく此処を出たのは昨日今日、のようですね」
床に落ちていたゴミの中に、近くのコンビニのレシートがあった。日付は昨日。購入したのは一人分三食程度の食事と飲み物だ。レンジで温めるものや湯を注いで食べる物があるので、コンビニに立ち寄った時点では家に居る心算だったのだろう。
少し探せば、弁当のゴミが床の上に落ちている。昨夜弁当を食べ終えた辺りで、”青花候”が嗅ぎ回られていることを知り、最低限の荷物を持って逃げた――というところか。
正直、キヅネが居ようと居まいと、此処に”青花候”さえあればそれで良い。
しかし、この狭い室内の何処に絵を置いていたのか。
軽く見回してみても、何も描かれていない、或いは描きかけのまま放置されているキャンバスしか見当たらない。
やはり持ち出されたのか。だとしても、元々何処に置いていたのかと思惟していた昼行灯は、ふとすすぎあらいの視線がある一ヶ所に向けられていることに気が付いた。
「……すすぎあらい?」
「…………この部屋、押し入れまでの道が嫌に片付いてる」
室内は酷く雑然としている。新聞紙が敷かれた作業スペースと万年床の上はひと一人分のペースが拓いているが、それ以外は物という物が積まれたり転がったりという有り様だ。
そんな中、押し入れの前が獣道さながらに片付いているのが、すすぎあらいは気掛かりだった。
「万年床があるから、押し入れをわざわざ開ける意味は布団じゃない。となれば……」
頑丈な金庫の扉を開くように、襖に手を掛ける。
至極当然、大した力を入れずとも戸は開き、その中身を昼行灯達の前に曝す。
「……額縁用のフックですね」
「こんな所に隠してたのか……保護っていうか監禁だな、コレは」
元々二段構造になっていただろう押し入れは中板を外され、壁には幾つもの額縁用フックが取り付けられている。
――借家だというのに、大胆なことをする。
そんなことを想いながら、昼行灯は己の頭で押し入れ内部を照らし、隅々まで見回す。
湿気対策の為か、除湿シートや除湿剤、脱臭炭が置かれ、観賞用の為に取り付けたらしい豆電球まで見付けられた。フックの数からするに、此処に納められていた絵は”青花候”だけでは無さそうだ。持ち出されていない方が喜ばしかったが、持ち出されたのもそれはそれで好都合だ。
逃げ出したのは昨日今日。額縁数枚という大荷物を抱えながらでは、移動も楽ではないだろうし、何より目立つ。追跡は容易い。
「額縁ごと、それも複数枚となればかなり目立つ筈です。すぐに情報を集めて――」
「社長!」