妖精殺し | ナノ


辺りの明かりが次々と消えていく中、未だ明るい雑居ビルの一室。社員達の呻き声と止むことの無いタイプ音を意にも介さず、闇路は紫煙を燻らせながら、傍らに佇むカラスに声を落す。


「うん、そう。随分ドタバタしてたけど、私が介入しなくても、どうにか出来てたんじゃあないかな」


それはカラスに宛てたものではなく、その首輪についた水晶へ向けられたものである。

今時、魔術師でも携帯電話の一つ二つ持っていて当たり前だが、幼い時分からこうして使い魔を通して会話していた為か、古き友人と話す時は、この方がしっくりくるものがある。全く自分も歳を取ったものだと、闇路は煙を夜空へと吐き出した。


「切塚の力のせいで、魔力より気の感知に長けてたもんで、魔術認識にもえらい時間が掛かっていたと聞いているが……よくもまぁ魔術師の道を諦めずに此処まで来られたもんだな。諦めの悪さはお前譲りと言ったところか」

「もう。そんなイジワルを言う為に連絡してきたの?」

「これでも褒めてるんだよ、私は。ヘクセベルク始まって以来の落ちこぼれと言われていながら、今日まで歪まずにいられたあの子と、それに寄り添い続けたアンタをね」


思えば、彼に最後に会ったのも十数年前。
母親の腕に抱かれていた幼子も、中々に可愛らしい女の子を連れてくるようになるとは。時の流れは早いものだと闇路が感慨に耽っていると、水晶越しの声が僅かに震えた。


「…………私は、何もしてあげられていないわ。あの子が魔術師の道を諦めず、努力し続けられたのは、全部、あの子自身の力だもの」


名門ヘクセベルクの嫡男として生まれながら、アルベリッヒには魔術の才能が無かった。
それは彼が生まれるより遥か以前、エルフリーデが切塚嵩史を婿として迎え入れると決めた時から決まっていたことだ。

一つとして交わることのない魔術を扱う二つの血筋。それらが反発し、互いの力を苛むことを危惧し、ヘクセベルクも切塚も、エルフリーデと嵩史の婚約を反対した。


二人の間に生まれてくる子供は、どちらの力もまともに扱うことの出来ない半端者になるだろう。
長きに渡りその血を繋ぎ、先祖代々受け継いできた魔術の研鑚と伝承に努めてきた両家にとって、それはとても、許し難いことであった。

それに、ヘクセベルク次期当主という立場に生まれながら、魔術の才を持たない子供のことを思えば、そのような苛酷な運命は背負わせてやるべきではないと、両家はエルフリーデと嵩史を説得したが、愛した人と共に歩んで行きたいと言って聞かないエルフリーデに、やがて折れた。


故に、アルベリッヒが魔術の初歩で躓いた時点で、誰もが口々にこう言った。だから言ったではないか、と。

無論エルフリーデも嵩史も、こうなることを覚悟していたし、その上で我が子と向き合っていこうと心に決めていた。それでも、魔力認識さえままならぬ我が子を前にして、二人は悄然とした。

我が子に魔術の才能がないことなど、いっそどうでもよかった。魔力認識さえまともに出来ないのかとアルベリッヒが後ろ指を指されることに比べれば、どんなことでも些末に思えた。

愛さえあれば、どんな苦難も乗り越えられると信じていた。だが、愛する我が子が中傷を受ける様を目の当たりにして、エルフリーデも嵩史も痛烈に悔やんだ。こんな苦難を子供に与えてやるべきではなかった、と。


しかし、悄々とする両親を余所に、アルベリッヒは鬱ぐことも折れることもなく、ひたむきに魔術の習得と勉学に励み続けた。

己の中に流れる血は、何れも誇り高く、貴いものであり、蔑ろにして良いものではない。例えこれらが相反し、魔術の妨げになろうと、ヘクセベルクと切塚。両家の血を引いて生まれたことを誇りに思えど忌まわしく思うことは無いと、アルベリッヒは懸命に抗った。誰に呆れられても、見放されても構わない。自分が、ヘクセベルク次期当主に相応しい魔術師になればいいだけのことだと、アルベリッヒは努力してきた。

其処に自分達が口を挟む余地も無いままに、彼は魔術師としての道を今日まで歩み続けている。その強さが何よりも誇らしいと同時に、胸を切りつけて止まないのだと、水晶から響く声が悲痛の色を滲ませる。


「どれだけ時間が掛かっても、どれだけ周りに呆れられても……あの子は卑屈になることも、立ち止まることもしなかった。ヘクセベルク次期当主として相応しい魔術師になる為には、才能が無いなんて理由で諦めていられない……って」


人からすれば、その歩みは止まって見えるのかもしれない。だが、アルベリッヒは少しずつ、着実に前進している。誰もが認める魔術師への道を、彼は一歩一歩、しっかりと踏み締めている。

今日彼がザントマンを捕まえたことも、その成果に違いないと潤む声に耳を傾けながら、闇路は小さく笑った。


「やっぱり、あの子はお前似だね。切塚の男を口説き落とし、ヘクセベルクに婿入りを認めさせる為に躍起になってた頃のお前そっくりだ」

「そんなことないわ! あの子の直向きなとこや努力家なところは、嵩史さん似よ! 私がお爺様に与えられた試練に挫け掛けた時も、あの人は私の手を取って――」

「はいはい。その話はまた今度、な」


彼女の惚気話は長くなるし、何より聞き飽きている。夜も更けてきたことだし勘弁してくれと通信を遮断し、闇路はカラスの首輪を外した。
それを合図にしたかのように、カラスは自ら窓の外へと飛び立ち、瞬く間に夜の空へと溶け込んでいく。

羽音の残響さえも、すぐに消える。その静寂ごと擂り潰すように煙草の火を消して、闇路は窓際から踵を返し、オフィスを後にせんと歩き出した。


「お前達、私は二度寝に入る。各自、私が起きるまでに残った仕事を片付けておくように」

「……例の、議会からの依頼ですか」

「ああ。お前らの中には、馴染みのある奴もいるだろう」


今日の半分を寝潰しておきながら、まだ惰眠を貪るつもりかと闇路を糾弾する者は此処にはいない。

彼女に口出しするなど考えただけで震え上がる、というのもあるが、何より、彼女がただ眠りこけているだけではないことを、社員達は知っている。


「”アップルシード”が動き始めた。奴等の巣穴を暴くまで、私の眼は余計な物を見ていられんのだ」


横暴で、獰悪で、ブラック精神の権化のような女だが、闇路冴子は紛れも無く、優れたる魔術師だ。

使い魔のカラス達の視界全てを我が物とし、この世に視えないもの無しとまで言われるセカンドサイトを以て全てを見通す、瞳術のスペシャリスト・闇路冴子。

戸棚の上に潜む二体目のザントマンを捉えるや否や、まばたき一つでそれを爆殺し、何事も無かったかのようにオフィスを後にする彼女を見送りながら、社員達は思う。
議会からの依頼が無ければ、ザントマンに悩まされることも、捕獲願いを出すことも無く、全て片が付いたのだろうな、と。


「さぁ、働け囚人共。こいつのようになりたくなければ、な」

prev

back









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -