妖精殺し | ナノ


社員達の了承を得たところで、アルベリッヒと春智は一度オフィスを出て、上のフロアに移った。


ザントマンは夜更けにしか現れない妖精である。その為、このビル全体を光を遮断する結界で覆い、あたかも夜が来たかのように見せかけ、ザントマンを誘き出す。

このカンテラは、その為の魔術道具で、魔力を流すと中に封じられたジャック・オ・ランタンの火が灯されると共に、遮光性の簡易結界が張られるように出来ている。
ジャック・オ・ランタンは暗がりを照らすという性質上、闇夜を好む。これを利用し、造られたのがこのカンテラで、本来は暗殺や諜報などに用いられるのだが、夜行性の妖精を焙り出すのにも使えると化重が所持していたのだ。

ザントマンには子供を優先して寝かしつける習性があるので、辺りが暗くなれば真っ先に此方に現れることだろう。
魔法陣を描いた床にカンテラを置き、準備を終えたアルベリッヒは深呼吸し、逸る心臓を落ち着かせると、手を翳し、ジャック・オ・ランタンへ魔力を流し込んだ。


「結界式・夜帳(ニュクス)……展開(オープン)」


薄暗い室内を、オレンジ色の火が照らす。その小さな火が、繰り抜かれたカボチャを彷彿とさせる顔を象った、その直後。カンテラを囲む魔法陣が炎を上げ、それに呼応するかのように辺りが黒一色に塗り潰されていく。

やがて炎が鎮まると、室内はカンテラの灯りだけを残して、闇に浸された。結界は無事、張られたようだ。


「……暗くなりましたね」

「うむ。これでザントマンを誘き出す用意は整った」


あとはザントマンが来るのを待つのみと、アルベリッヒが腕を組んで鼻を鳴らす中、春智は頭の中に浮上してきた、ある疑問を口にした。


「ところで、ザントマンが来たら、どうやって捕まえるんですか?」

「それはもう、こう……わしっと」

「わしっと」

「ザントマンは際立って力が強い訳でも素早い訳でもない。僕でも手掴みでいける筈だ」


此処に化重がいたのなら、どうしてお前はそこまで無計画でいながら、ああも自信満々でいられたのだと盛大に溜め息を吐いていたに違いない。
ザントマンに対し、何かしらの方策があるような素振りを見せておきながら、その実、全くのノープランで、捕獲方法が手掴みとは。虫とり網を出された方がまだ信憑性があっただろうに。

手掴み。川魚を獲るのではあるまいに、妖精相手に、手掴み。

これまで化重の狩猟を間近で見て来た分、春智の不安は計り知れないものと化したが、アルベリッヒは至極真面目な面持ちで、闇を見据える。


ジャック・オ・ランタンの灯りがあるとはいえ、それも無明の闇の中では微々たるもの。すぐ近くにいる互いの顔さえ窺えない暗がりに目を瞠ったところで、何が視えるというのか――否。そもそも相手は、最初から姿のない妖精だ。辺り一面闇に覆われていようと、関係ない。
だから、視るのではない。其処に居るものを感じるのだ。


「…………来たな」


そう言って振り仰いだアルベリッヒの動きに合わせ、春智も身を翻してみたが、やはり其処にあるのはただの闇。

ザントマンの影も形も見受けられないが、小さく腰を落とし、身構えるような姿勢を取ったアルベリッヒは、確かに其処に居るものを捉えている。


「分かるんですか、アルさん」

「しっ、静かに。……これには少し、集中力を要するのだ」


眼で視ているのでも、足音を拾っているのでも、匂いを辿っているのでもない。それは身体の器官に依存しない、第六の感覚機能。超感覚的知覚とでも言うべき、形を持たないものを読み取る力を以て、アルベリッヒは探る。

暗がりの中に身を潜め、虎視眈々と自分達を狙う妖精。その位置と動向を脳内で描き起こしながら、アルベリッヒはコォと息を吸い込む。

その呼吸は、体に酸素を取り込むと共に、感覚のピントを合わせ、より確かなイメージを叩き上げる。
小さな人型の妖精が、高濃度の魔力を湛えた袋を引き摺る。何処から自分達の眼に砂を投げ付けてやろうかと探っているのだろう。ゆっくりと回り込みながら、絶妙な角度を求めて歩き回り、アルベリッヒと春智を同時に仕留められそうな位置を取る。そうして、此処だというポイントで小人が足を止めた、その瞬間。


「今だ!!」

「?!!」


しかと此方を見据えたような眼に、一瞬慄いたのが命取りであった。

幾らザントマンが、然程素早くはない妖精とは言え、それはスピードが突出したものではない、というだけのことであり、その実、彼らの小さな体は中々に機敏で、捕えるのは至難の業。

あと一歩早ければ、ザントマンは逃げ遂せただろうが、その一歩を彼は踏み止まってしまった。

故に、ザントマンは玉砕覚悟で踏み込んできたアルベリッヒに鷲掴みにされ、捕えられてしまったのである。


「っだぁあああああ!! ははは、春智さん、檻!! 檻を出してくれ!!」

「えっ?! も、もしかして、捕まえたんですか?!」

「うおお、お、思ってた以上に暴れるぅぅぅ……は、早く!! 早く檻をぉおお!!」


当のアルベリッヒも、まさか初撃で捕まえられるとは思っていなかったので、内心パニック状態であったが、捕らえたザントマンが何とか脱け出そうと滅茶苦茶に暴れてくれるので、放心していられなかった。

体が小さい分、力こそ無いが、まるで釣り上げられた魚の如く、ひっちゃかめっちゃかに暴れてくるので、押さえ付けるのに苦労する。
このままでは何かの拍子につるっと逃げられてしまいそうだとアルベリッヒは懸命にザントマンを握り込めながら、檻はまだかと叫ぶが、春智の方は組み立て式の檻の構造に苦戦し、もたついている。

焦りもあるのだろう。冷静に見ればすぐさま仕組みに気付けそうなものを、春智は両手に持った柵を交互に見遣っては、あわあわと狼狽するばかり。


「え、えーっとえっと……ああああ、これどうやって組み立てるのか聞いてくるの忘れてましたああああ」

「春智さああーーーーん!! へぶぁっ!」

「ア、アルさん?!」


そうこうしている間に、僅かな隙間から脱け出したザントマンが、飛び上がった勢いでアルベリッヒの顎に頭突きを食らわせた。

涙が滲み出る、中々に鋭い一撃であったが、此処で怯んでなるものかと、アルベリッヒは再度、ザントマンへと飛び掛かる。


「こ、なくそぉおお!! 逃がしてなるものかぁあああ!!」


リーチを優先し、片腕だけを伸ばしたのが功を成し、再びザントマンを捕えることが出来たアルベリッヒであったが、掴んですぐに片手では駄目だと直感した。

このままではまた脱け出される。そう判断するや、慌てて残る片手を添え、ザントマンを必死に押さえ込むも、両手が塞がっていては何も出来ない。
まさかここまでザントマンが暴れてくるとは、と幻想生物図鑑に描かれていた老いた小人の姿から抱いた先入観と現実の差に苦悶しながら、アルベリッヒは春智が檻を組み立てるまでの間、何としても持ち堪えなければと、両手にザントマンを握り潰さない程度の力を込める。


「ふんごぉおおおお、お、大人しくせんか、このぉおおお!!」

「ザシャアアアア!!」

「い、今の声!! 今の声、もしかしなくてもザントマンの声ですか?!」

「春智さああああん、いいから檻!! 檻ぃいいい!!」

「あああ、そうでしたぁああああ!! 檻ぃいいい!!」

「ザシャアア!!」


未だかつて、こんなにも騒々しい妖精ハントがあっただろうか。最早狩りというより、大捕り物の領域である。
ドタバタと音を立て、ワーギャーと喚き立て、下の階で闇路黒魔術商会の社員達が働いているのも忘れて、アルベリッヒと春智はザントマン捕獲に熱中――いや、熱狂していた。

此処がアパートであったなら、今頃四方八方から抗議の声が上がっていただろう。だが、壁を叩かれようが床を踏み鳴らされようが、怒声が飛んでこようが、今は構ってられない。兎にも角にも、ザントマンを捕まえるまではどうにもならないのだと、アルベリッヒと春智が奮闘していた、その時。


「俯くもの(カドプレパス)」

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