妖精殺し | ナノ


コンコン、と窓を叩く音に視線を向けると、其処には一羽のカラスがいた。

カラスは賢い鳥だというが、人家の窓をノックするとは――と、春智が眼を瞬かせていると、勾軒が軽く指を動かして窓を開けた。
すると、カラスは律義にお辞儀してから、窓枠をぴょんと越えて店内に入ってきた。

なんとお行儀のいいカラスかと春智が感心していると、カラスは軽く羽撃いて、椅子の背凭れの上に着地した。
其処で一同は、カラスの脚に括り付けられた筒に気が付き、春智以外の面々はこのカラスが何者であるかを理解した。


「使い魔便だな」

「ふぉお! これが噂の!」


此処に来たからには、ただのカラスではないだろうとは思っていたが、これが話に聞いていた使い魔便かと、春智は昂揚した。


使い魔便とは、その名の通り、使い魔を使った宅配便だ。
人避けの魔術によって、郵便が届かないことがザラにある魔術師達は、物品や文書のやり取りに使い魔を用いる。

凡そ魔術師達は自前の使い魔を飛ばしているが、より的確且つ適切に荷物を届けたい時や、遠距離の往来に裂く魔力が惜しい時などに、使い魔便業者を利用することもあり、このカラスは、その使い魔便業者が使役しているものであった。
筒に刻まれた紋章がその証だと、化重が脚から筒を外す間も、カラスは大人しくしている。

カラスというのは街中でよく目にする鳥類だが、間近で見る機会というのは滅多にない。
近くで見て初めて、その羽根が黒一色ではなく、青や紫の光沢を帯びていることや、存外可愛らしい顔立ちをしていることに気が付いた春智は、カラスもどうして中々魅力的な生き物だと、眼を細める。


「フクロウじゃなくてカラスなんですね……。ううん、これもザ・使い魔って感じで…………」


と、その神秘性を讃えつつ、丸い瞳の奥を覗き込むようにして、更に顔を近付けてみた瞬間。


「おぉ! 君が、じっさまが言っていた新米魔術師ちゃんか!」

「ふぎゃっ?!」


カラスの嘴から飛び出した若い男の声に、春智は尾を踏まれた猫のように跳び上がった。
驚くのも無理はない――というのは、非魔術師の基準での話だが、まぁそんな顔もするわなと、化重は小さな溜め息を吐いた。

喋る鳥というのは珍しくないが、カラスはその種に属さず。また、こうも流暢に会話することはインコにもオウムにも出来ることではない。

人の言葉を理解し、会話をこなす鳥など、魔の道の外側には存在していない。
逆に言えば、此方側に於いて、喋る鳥というのは然程珍しくも無いのだが、春智にその認識が出来上がるのは、まだ先のことになるだろう。


「どもども! 俺、蔵骨ジュリヲって言います! 以後、お見知りおきを!」

「く、蔵骨って……」

「ああ。いつも其処に陣取ってる、ご隠居コンビの片割れ……蔵骨朧斎殿の孫にして、蔵骨流屍霊術の正当な後継者。それがコイツだ」

「カ……カラスなんですか? 蔵骨さんのお孫さんって」

「んな訳あるか」


片翼を上げ、丁寧にお辞儀するカラス。これが、かの蔵骨朧斎の孫であって堪るかと、化重は春智の頭を軽く小突いた。
彼が言いたいのは、このカラスそのものが蔵骨ジュリヲ、ということではなく、今し方自己紹介をしてきた人物こそが蔵骨ジュリヲだ、ということである。

少し考えれば、というか、考えなくとも分かりそうなものだが、未だ混乱しているのかもしれない。眼をぱしぱしと瞬かせ、疑問符を浮かべる春智に、化重は一から順を追って説明してやった。


「それはジュリヲがネクロマンシーで動かしてる、カラスの死体だ。ジュリヲはそいつを介して、こっちの様子を見て、喋ってるっつーこった」

「へっ?! こ、これ、死んでるんですか?!」

「ははは、これ以上とない褒め言葉っすね。死体を生き物のように動かす。これぞ、蔵骨流屍霊術の真髄っすから」


そう言って軽やかに一回転してみせたカラスは、とても死体とは思えない程に、生き生きとしている。
とうに必要無くなっただろうに、呼吸をしているかのように胸が動いており、まるで死という概念から解放されているかのようだ。

これぞ、屍霊魔術の名門として名高き蔵骨が誇る、蔵骨流屍霊術であり、その後継者たる蔵骨ジュリヲの力である。


ネクロマンシーは、程よく鮮度の良い死体に霊魂を入れることで行う占いが起原だが、蔵骨流は此処から、自らの魔力を疑似霊魂とし、これを以て屍を操り、使い魔とする屍霊魔術を編み出した。

これを密偵や見張り番、用心棒、変わり身、暗殺などに用い、莫大な富を築き上げた蔵骨は、今や魔術業界に於ける屍霊術の最大手として、その名を轟かせ、世界各国から弟子入りを希望するネクロマンサーが後を絶たないという。
そんな家柄に恥じぬネクロマンシーの才能を持って生まれ、若くして蔵骨流屍霊術師範代となったのがジュリヲであり、一族の期待を背負いつつも、存外気儘に気楽に過ごしている彼は、家業の傍らで使い魔便改め、屍霊便というビジネスに着手している。

屍霊はゴーレムや低級悪魔といった魔術的、幻想的使い魔と違い、其処に居て当たり前の生物を用いている。加えて、様々な生き物を使うことで、幅広い郵送手段と経路を展開することで、荷物や文書の流通を外部の魔術師に対して秘匿出来る、という強みがある。
仮に郵便物を狙う輩に眼を付けられても、屍霊に仕掛けたトラップが作動し、瞬時に戦闘用屍霊と切り替わるようにしてあるので、セキュリティは万全。
蔵骨という大きな看板も相俟ってか、屍霊便は滑り出しから好調で、着実に利益を上げているらしい。


――将来、蔵骨流屍霊術道場が蔵骨屍霊運輸会社になる日も近いかもしれない。


そんなことを思いながら、さて筒の中身は何かと視線を移したところで、ジュリヲ、もとい彼が操るカラスが、両手をポンと合せるように翼を重ねた。


「あ、そうそう。お荷物、化重さん宛てですよ。ハンコかサイン、お願いします」

「誰からだ」

「蛾ヶ条さんからっす」

「突き返せ」

「安心してください。中身はユニコーンの角で作った粉薬と、脂で作った塗り薬、肉で作った湿布です」


蛾ヶ条から来る物など、ろくなものではないと警戒心を剥き出しにして顔を顰めた化重であったが、中身は彼が危惧しているような代物ではなく、至極まともな贈答品であった。

以前引き受けた依頼で得たユニコーンの体から作った薬セット。何れも量こそ多くは無いが、魔術市場で買えばとんでもない額になるであろう一級品だ。贈られて嬉しくない物ではない。
蛾ヶ条は厄介且つ面倒な相手ではあるが、魔術薬剤師としての腕は確かだ。それでも素直に受け取るには躊躇われるのは、過去に散々彼女に振り回されてきた経験則からだろう。

筒の中から格納魔術のシジルが描かれた羊皮紙と共に出てきた伝票にサインをしながら、化重は重々しい息を吐いた。


「送るなら送ると前以て言えばいいものを」

「サプライズにしたかったそうですよ。あの人、そういうの好きですからね〜」


受け取りのサインを終えたところで、ジュリヲがさっとカラスの翼を動かす。それを合図にシジルが光り、格納魔術から小包が現れた。
中身は後で開けて確めればいいだろうと思っていたが、春智がこれでもかと眼を輝かせ、これでもかと荷物を眺めているので、渋々包み紙を取り、箱の蓋を開けた。

箱の中には、ユニコーンから作られた見事な薬セット――と、如何にも開封が躊躇われるハートのシールで留められた封筒が入っている。
これは読まずに捨てるか、黒山羊さんにでも食べさせていいだろうと思ったが「絶対に読ませろ、と言われたので開封してください」とジュリヲに言われ、化重は心底嫌々、シールを無視して封筒の端を破って、中身を取り出した。

案の定、と言わんばかりに化重の顔が顰められると同時に、ぐしゃりと手紙が握り潰される。
よっぽど破り捨ててやろうと思ったが、手紙を開いてしまった時点で何もかも仕様がないという虚無感が、嫌に化重を理性的にしていた。


「ジュリヲ。お前これ、分かってて持って来ただろ」

「さて、何のことだか」

「すっとぼけやがって。この内容で、お前が関係してねぇ訳ねぇだろ」


蛾ヶ条からの手紙で、化重が顔を顰め、ジュリヲが関わっているとは、一体どんな内容なのか。

春智は八つ当たるようにカウンターに叩き付けられたぐしゃぐしゃの便箋を広げ、でかでかと書かれた可愛らしい文字を読み上げた。


「えーっと、なになに……『緊急クエスト! ザントマンをハントせよ!』…………ザントマン」

「む、また我が母国の妖精か」

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