妖精殺し | ナノ


「化重さーん、持ってきましたぁ」


牛乳を零さないよう、足音を立てないよう、そろそろと階段を登り、隠密さながらに戻った春智は、ルンペルシュティルツヒェンを見張っていた化重に声をかけた。

一階にいた間に、ルンペルシュティルツヒェンは幾らか物を散らかしたようだが、致命的な程に暴れた訳でもないらしい。本棚などはそのままに、細々とした物が床に散らばっている。

パンと牛乳を取りに行って戻って来るまで中々に時間がかかっていたが、まぁ良しとしようと、化重はルンペルシュティルツヒェンから春智の方に視線を向け――彼女の手に持つ物を見て、硬直した。


「お前……浸してきたのか、パン」

「あ、はい。このパン、凄く硬そうだったので」


何てことだと、化重は額に手を当てた。


確かに春智は指示通り、パンと牛乳を持って来た。だが、まさかパンを牛乳に浸す形で持って来るとは、誰が予想出来たか。

用途を言わなかった自分のせいではあるが、にしても、何で変な気を回すのかと頭を抱えずにはいられない。

硬いパンしか無かったのが運の尽きと言うべきか。嗚呼、こんなことならアモンに取って来させればと後悔しても、時すでに遅し。新しいパンと牛乳を持って来る前に、ルンペルシュティルツヒェンが気付いてしまった。皿の中身――ひたひたに注がれた牛乳と、その水分を含んでぶくぶくにふやけたパンに。


「ギギィイイイイイイイイイイイイッ!!!」

「ひ、ひぃいいいっ!!?」

「あーあ……怒らせちまったな。コボルト種はずぼら嫌いだってのに、贈り物を犬の飯にしてくるとはな」


人の家に住み着いたコボルト種は、穀物と牛乳を贈り物として捧げると、大人しく家から出ていく習性を持っている。それを利用して、化重はあのコボルトを追い出そうと考え、春智にパンと牛乳を持って来るよう指示したのだが、彼女が良かれと思ってパンを牛乳に浸してきたことで、ルンペルシュティルツヒェンは激怒してしまった。贈り物として、こんな粗雑なずぼら飯を持って来るとは、どういう了見だと。


怒り狂ったルンペルシュティルツヒェンは、パイプを投げ捨て、金切り声を上げながら凄まじい地団駄を踏んでいる。

小さいくせに、その迫力は凄絶。圧倒された春智は、化重とルンペルシュティルツヒェンを交互に見遣りながら、あの怒れる小鬼を鎮静化しなければと狼狽えた。


「ど、どうしましょう、化重さん! もう一回、今度は器を分けて」

「いや。ああなったらもう無理だ。捕獲すっから下がってろ」


コボルト種は、激昂すると抑えが効かない妖精だ。特にルンペルシュティルツヒェンは、怒りのあまり地団駄で床を踏み抜き、突き刺さった脚を抜こうと暴れ、自らの体を真っ二つにして死んでしまうこともあるという。

そんな妖精を相手に、説得や交渉は無意味。こうなった以上、力尽くで押さえ付けるしかないと、化重は強く床を蹴って踏み出した。


「あ、化重さん!」

「ンギィッ!!」


頭に血が昇ったルンペルシュティルツヒェンは、非常に攻撃的だ。此方に向かって来る化重に怯むこともなく、ルンペルシュティルツヒェンは腕を翳し、得意のポルターガイストで彼を迎え撃つ。

辺りに散らばった本や瓶。それらを浮遊させ、化重に向けて矢のように射出したルンペルシュティルツヒェンであったが、その悉くは弾かれた。

あの夜――ピクシーの体を搦め取ったワイヤー。その先端に付けられた刃によって、ルンペルシュティルツヒェンの攻撃は次々に撃墜される。


「ギギッ!」


弾を全て撃ち落としたワイヤーは、がら空きのルンペルシュティルツヒェンの体を捕える。化重が腕に力を込め、ワイヤーを引き寄せれば、小さな体は容易く宙を舞い、床に叩き付けられる。

自慢の鷲鼻がひしゃげ、歯が数本抜け落ちた。その痛みにルンペルシュティルツヒェンは悶え、潰れた悲鳴を上げるが、化重は眉一つ動かすことなく。更にワイヤーを手繰ってルンペルシュティルツヒェンを釣り上げるや、化重は何時の間にか春智の手から奪っていた皿の中に、ルンペルシュティルツヒェンの顔を叩き込んだ。


「せっかく出されたもんだ。食っていけよ、ルンペルシュティルツヒェン」

「ギュ……」


無論、パンと牛乳が勿体ないから、という理由ではない。皿に叩き込むことでルンペルシュティルツヒェンの視界を奪い、尚且つ上から押さえ付けることで彼を拘束することが目的だ。
これにより、ルンペルシュティルツヒェンはポルターガイストを発生させること叶わず。ふやけたパンと牛乳が鼻の中に入らないようにともがくことしか出来ないルンペルシュティルツヒェンを押さえながら、化重は空いた片手を翳し、魔術式を展開する。


「捕縛式零三・鉄の森(ヤルンヴィド)――展開(オープン)」


詠唱と共に、ルンペルシュティルツヒェンの体の下に魔法陣が浮かび、其処から、咬合する獣の牙のような鉄格子が現れた。

鉄格子は瞬く間に檻となり、化重がラベルを貼り付けると共に、ルンペルシュティルツヒェンはがくりと気を失い、指先さえ動かすことなく沈黙。其処でようやく、思い出したように見開きっぱなしの目蓋をパチパチと瞬かせた春智の前で、化重は檻を拾い上げながら、深々と息を吐いた。


「……捕獲完了」


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