FREAK OUT | ナノ


栄枝美郷が能力者としてRAISEに迎え入れられたのは、十一歳の時。
しかし、彼女が能力に目覚めたのは、九歳の時だった。


(いい、美郷。貴方の力のことは、誰にも言っては駄目よ)


家の庭に生えた、老いた菩提樹を元気にしたい。
そんな願いから手に入れてしまった力を、彼女の両親は必死に秘匿した。

愛する我が子を、フリークスと戦わせたくないと。
両親は娘の覚醒が”FREAK OUTの眼”に触れないようにと祈りながら、彼女の力をひた隠し、能力を使わないよう、口外しないようにと彼女に言い聞かせてきた。

その甲斐あってか、奇跡的に栄枝は当時の管轄部長、神室日栄子(かむろ・ひえこ)の眼に止まることも、FREAK OUTによる野良能力者探しの調査にも引っかかることなく、栄枝はごく普通の子供として過ごしてきた。


そんな彼女が、能力者であることを認知されてしまったのは、言ってしまえば自業自得であった。


(何処だぁ!!何処にいやがるんだぁああ!!出て来い、FREAK OUTぉ!!)


当時、私立小学校に電車で通学していた栄枝は、迎えに来た母親と共に帰りの電車に乗っていた際、フリークスに遭遇した。

人間に擬態していたフリークスは、車内から漂ってきた能力者の匂いに反応し、FREAK OUTが乗り合わせていると思ったらしい。
突如として異形に変貌を遂げたそのフリークスは、隠れ潜んでいる能力者を血眼で探さんと荒れ狂っていた。


(お前かぁあ!!お前が、FREAK OUTかああああ!!)


だが、混雑していた電車内で、適確に匂いを嗅ぎ分けることが出来なかったのか。
フリークスは、栄枝の近くにいた学生服の少年を能力者と勘違いし、襲い掛かった。

少年は、知らぬ存ぜぬを繰り返したが、殺して喰ってみれば分かると、フリークスは鋭利な爪を振り翳し――其処で栄枝は、自分を隠すように抱え込んでいた母を跳ね除け、能力を使った。


(どうして!!どうして力を使ったの!!!)

(何もしなければ、貴方は見付からずに済んだのに!!なのに……どうしてなの、美郷!!)


そうして、少年を襲ったフリークスを屠った自分を責め立てるように、母親は泣き叫んだ。


母の言う通り、あの場で何もしなければ、栄枝は今後も普通の人間として生活出来ていたかもしれない。

学校に通い、友達と遊び、家族と過ごし――そんな当たり前の日常を享受出来ていたのに。
それを捨ててまで、どうして赤の他人を助けたのかと慟哭する母親に、栄枝は答えた。


(だって、助けたかったんだもん)


自分のせいで、無関係の少年が殺されるのに堪えられない気持ちもあった。

だが栄枝を強く突き動かしたのは、フリークスに襲われる人を助けたいという、単純な衝動だった。


(おかあさん。私、この力があれば、たくさんの人を助けられるんだよ)

(フリークスに食べられちゃうかもしれない人を、いっぱいいっぱい、助けてあげられるの)

(だから私、FREAK OUTになる)

(FREAK OUTになって、フリークスを倒して、みんなを助けたい)


正義感が強く、人を思い遣る心を持つ優しい子と両親が誇っていた少女は、フリークスに襲われる者を目の当たりにして、目覚めてしまった。

例え行く先が荊犇く獣道であっても、どれだけ我が身が傷付くことになろうとも、手に入れられる筈だった幸福を全て諦めてしまうことになっても。
それでも私は、この命を懸けて戦い、フリークスに脅かされる人々を救いたいのだと。”聖女”として目覚めた少女は、その身を戦乱の中に置くことを選んだ。


(みんなが幸せになれるなら、私、いたいのだって平気だもん)







赤く滲んだ意識の中、栄枝は昔のことばかりを思い出していた。


これが走馬灯というものなのか。それとも、激しい痛みを受けいれず、無意識の内に現実逃避をしているだけなのか。

何れにせよ、自分はもう駄目だろう。


痛みを感じることさえ出来なくなった体を血溜まりの中に横たえながら、栄枝は降り止まぬありとあらゆる暴力を浴び続けた。


「どけ!!次は俺だ!!!」

「五月蝿い!!こんなんじゃ……こんなんじゃ、まだ、あの方に許してもらえねぇんだ!!」

「早くしてよ!!このままじゃ、私がやる前に死んじゃうでしょ!!」


どれだけ殴られただろう。どれだけ蹴られただろう。どれだけ切られただろう。どれだけ打たれただろう。


手足の指は、全て爪が剥がされた。それでも足りないと、指を関節ごとに折られては千切られた。

折られていない骨は、あと何本あるだろう。潰されていない臓器は、あと幾つあるだろう。体が軋んで、今にも崩れてしまいそうだ。

喉をやられ、痛みに叫ぶことさえ出来なくなったが、それでも声にならない悲鳴を上げていたのが、最早懐かしい。

罵声と共に吐き掛けられた唾や、腹を踏みつけられた際に吐き出してしまった胃の中身でさえ、血に流されて分からない。

四肢の腱は、引き裂かれた衣服同様、ズタズタだ。

焼かれたのは何処だったか。切り付けられたのは何処だったか。それさえ思い出せない。


これだけ全身隈無く甚振られたが、彼女の指示により、顔だけは手付かずのままで。まるで、首から下だけが岩に押し潰されてしまったような感覚だ。


「誰の顔だか分からなきゃ、意味がないからねぇ。それに、女の子なんだから顔は綺麗にしておいてあげなくちゃ」


どうしてこんなことになったのだろう。

栄枝は、自分を嬲り続ける市民達の、狂気に陥った顔を見ながら、回顧した。


(おぉ、栄枝さんだ!)

(本当だ!栄枝さん!!)

(巡回ですか?ご苦労様です!

(お陰様で、今日も吾丹場は平和ですよ!)


昨日までは皆、あんなにも穏やかな笑顔を浮かべていたのに。

自分が、力不足だったのか悪かったのか。市民の期待に沿えるよう、もっと励んでいればよかったのか。


嗚呼。いち早くフリークスの侵攻に気付いていたら。アクゼリュスよりも早く此処に来ていたら。

人々の不安や恐怖を取り除ける”英雄”のような存在になれていたのなら――。


「死んだら首だけ切り落して、外に飾ってきなさい。それだけ撮ったら、侵略区域に帰ってあげるから」


そうしたら、誰も狂わずに済んだ筈なのに。


”聖女”は最期の瞬間を迎えるまで、ただただ、後悔し続けた。

我が身を贄とすることでしか市民を救うことの出来ない、己の弱さだけを呪いながら。



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