FREAK OUT | ナノ


「あっ、もしもしー?すみませーん、FREAK OUT第四支部の者ですがぁ。ちょっと市民から受けた通報が、ボクらの管轄だったので、引き継ぎお願いしてもいいですかぁ?
はい……はい!じゃあ、今から言う住所のとこまでお願いします!」


フリークスが起こした事件を受け持つのは、FREAK OUTの仕事。人が起こした事件は、警察の仕事。
今回の一件が人間の仕業だというのが分かったので、後は警察に任せて然るべきだと、賛夏は電話で引き継ぎをして、アパートから撤退した。

FREAK OUTの業務的には徒労であったが、フリークスが潜伏していなかったというのは、ある意味では喜ぶべきことだと、賛夏は鼻歌を口遊みながら帰路につく。


その少し後ろを歩きながら、愛は何度か振り返り、次第に小さくなっていく北登勢第一アパートを見遣る。

それに気付きながらも、賛夏は構うことなく足を進めていき――やがて、また、愛に袖を掴まれた。


「……いいの?賛夏くん」


先程の凄みは何処へ引っ込んだのか。あの日のような、情けなく不様な少女に戻った愛に、賛夏は口をへの字に曲げた。

理解し難い、と思う半分。愛が言わんとしていることが、既に分かっていて、辟易半分。そんな気分で此方を見てくる賛夏に、愛は、弱々しく問い掛ける。


「あれで、本当にいいの?私達……本当に、このまま帰っていいの?」

「さっきも言いましたけど、あれはボクらの管轄外です」

「そうだけど!でも……っ!」

「お嬢様ぁ、他人の死にいちいち感傷を抱こうとするの、よくないですよぉ」


ふと、自ら手を離してきた愛に、賛夏は肩を小さく竦めた。


強いんだか弱いんだか、どっちなのか。そこがどうにもはっきりしなくて、扱い難い。

そう眉間に小さく軽く皺を寄せながらも、賛夏は愛の心に潜むものも、取り出してやろうとしていた。


畔上のように、それで今度こそ折れてくれるなら万々歳だと。賛夏は、愛が既に自覚している無情さを指摘しに掛かった。


「本当は、そこまでショックじゃないんでしょう?あそこで死んでいるのは、顔も名前も知らない子供で、哀しいとかそういうの、然程感じてないでしょう?」

「そ……そんなこと」

「あるなら、ボクに尋ねたりしないで、行動してる筈ですよ」


人というのは、どうしてこうも高潔でありたがるものなのか。

所詮薄皮一枚剥げば、中には醜く爛れたエゴイズムや、悪感情しか詰まっていないというのに。
誰も彼もが体裁を気にして、正義だの道徳だの、不確かなものを纏って、馬鹿みたいだ。

賛夏は、臆した愛の顎をつぅっと撫でながら、いい加減に己の腐敗した面と向き合ってはどうかと、研ぎ澄ました声で囁いた。


「貴方は、ボクを引き止めることで、あの子供の死を悼んでいるつもりでいたいだけです。
全く知らない赤の他人でも、無惨な最期を見てしまった以上、何かしらの形で弔うべきだって……そんな安い正義感を振り翳してるだけなんですよ、貴方は」

「………………」


意外にも、愛から返ってきた無言は、反発の気を含んでいた。


賛夏の言うことは真理で、確かにそうかもしれない。そう認めていても、抗いたい。

そんな尖った牙が垣間見えたようで。賛夏はぱっと愛の顎から手を離して、またくるりと身を翻すように踵を返した。


「まっ、気にすることはないですよ!全然知らない人間のことを心底思えるなんて、出来る訳ないんですから!
だから、ボクらに関係のないことなんてとっとと忘れて、次のお仕事に取り掛かりましょう!」


愛は、畔上のように折れてはくれなかった。

あの時のように、己の無力さに打ちひしがれることも、残酷な結末に挫かれることもなく。
立ち尽くしたままでも尚、何かを見据えているようで、賛夏は思わず、舌打ちした。


一体、なんだというのか。

弱いくせに、力を持っていないくせに、何も出来ずにいたくせに。どうしてそんな面構えをしているのか。

全く気に入らないと顰めた顔を、すぐさま繕って、賛夏はにっと己の口角を指で持ち上げた。


「……なーんて言っても。貴方のちんけな良心は、あの管理人同様、一人の子供を見捨てた自分とボクを責めるんでしょう。
でも、何と言われようと、誰に咎められようと、ボクは堂々と、胸を張って言いますよ!」


安穏と生きて来た分在で、此方の世界に踏み込んできたような女に、自分は決して負けはしない。

いつか必ず、その得体の知れない何かをへし折ってやるのだと、賛夏は宣戦布告の意味を込めて、大きく口を開けて笑ってみせた。


「ボクは無罪です」


突き立てられた敵意を前に、愛はただ「そうだね」と、皮肉るような声で答えた。

彼を否定するだけの力を有していない今。自分に出来るのはそうして、賛夏に僅かでも反発することくらいだと。
愛は静かに牙を研ぎながら、彼に小さく嗤い返すのだった。


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