FREAK OUT | ナノ


嘉賀崎市北登勢。駅からそれなりに距離のある住宅街で、特にこれといって特筆すべき点はない。

一般的な一戸建てや、件のアパートのような、質素…というには些か失礼かもしれないが。とにかく、慎ましやかな住居が辺り一帯を占めている。


「貴方がたが、FREAK OUTの……」

「そうですよぉ。こっちの人は見習いっていうかお手伝いですけど」


畔上は、凡そ電話の声で受けた印象から描いたイメージ通りの、初老の男性だった。
気が弱そうというか、神経を削っていそうというか。白髪と、痩せ気味の体が、彼の気弱そうな雰囲気を助長して見える。

あとは、彼が直面している問題のせいもあるだろう。
原因不明の異臭、連絡のつかない住人。ちらつく不穏の影。それらによる不安が、更に畔上の身を窶しているようだ。

そんな中、藁にも縋る思いで連絡して、やってきたのが子供二人なので、疑い半分信じたくない半分の顔をされるのも、仕方ない。

賛夏もそれは重々承知、というより、慣れきっているのだろう。
特に困ったりすることもなく、ニコニコと浮かべた笑顔を崩さずに、意味深に手をひけらかすように動かしている。


「なんなら今、ここで能力使ってみせましょうか?」

「い、いや結構です!それより、例の部屋のことなのですが……」


能力者か否か。一般人相手には、少し匂わせれば十分、ということか。
賛夏の様子で、しかと彼が本物であることを悟った畔上は、慌てて取り繕うように、本題を切り出してきた。

子供とはいえ、彼にはFREAK OUTの正規員として認められた腕と、日々業務を熟してきているキャリアがある。
何れこうなる身として見習わなければと、愛は自然と背筋を伸ばし直しながら、なだらかに話を進めていく賛夏と、それに応える畔上の会話に耳を傾けた。


「えーっと、改めてお伺いしますけど、住人と連絡がつかなくなったのはここ二ヶ月、でしたっけ?」

「はい……元々、あの部屋を借りていた溝野(みぞの)さんは、外出が多く、電話も殆ど出られなかったのですが……最近、部屋から物音すらしなくて」

「その溝野さんって方は」

「若い女性です。確か、今年二十四歳だったかと……」

「ふうん。一人暮らしですか?」

「いえ……小さい子供が一人」

「親子揃って音沙汰なし、と……。成る程、これは確かに何かありそうですねぇ。それが、フリークスの仕業かどうかはさておき」


現場は、北登勢第一アパートの一階。最奥にある一○四号室。住人は水商売をしている溝野という若い女性と、その子供。計二名。

畔上曰く、溝野はゴミを溜め込む悪癖があったらしく、部屋を訪ねるとよく腐敗した生ゴミの匂いがしたので、当初は異変に気付かなかった、というより、気に掛けていなかったという。

ちょうど、隣の一○三号室が空部屋ということもあり、苦情もなかったので放置していたのだが。
つい先日、二ヶ月前から家賃を滞納していた溝野に業を煮やし、一○四号室に向かった際。部屋から明らかにゴミのものとは思えぬ匂いが漂っていることに気付いた畔上は、何度か溝野を呼び掛けてみたが応じず。

困り果て、考え。結果、これはもしや、フリークスが絡んでいて、室内でとんでもないことが起きているのではないかという結論に至り、慈島事務所に通報した…ということらしい。


住人が元来、だらしのない生活をしていたことが原因で、内部で何が起きているにせよ、相当の時間が経過しているだろう。

もし、一○四号室で苗床が作られているとしたら――既に芽吹いた後、ということも有り得る。
或いは、中で住人に成り済ましたフリークスが、連れ去った人間を喰らっているということも、想定出来る最悪の事態として浮かぶ。

何にせよ、良くないことが起きているのは確かで、それがフリークスに因るものか否か判断出来るまで、調査する必要がある。


「では……お願いしますね」

「はぁーい。終わったら報告しますんで、管理人さんは、調査が終わるまで待っててくださいねぇ」


畔上から一○四号室の鍵を受け取り、二人は件の部屋へと足を運んだ。


北登勢第一アパートは、何処にでもある普通のアパートそのものだ。

冷えたコンクリートの廊下、今は寝静まっている蛍光灯の照明に、黒い鉄扉。
そんな有り触れた光景でありながら、一○四号室の扉が見えたその時から。愛も賛夏も、扉一枚向こうに押し込められた異常性に、思わず顔を顰めていた。


「うっわ、確かにこれはきっついですねぇ」


いざ部屋の前に立ってみると、確かにゴミのもの、とは言い難い悍ましい匂いがした。

実野里家の時に嗅いだ、あの甘く蕩けるような匂いとはまるで違う。鼻を衝く刺激臭。吐き気を催すような、物が腐り果てた匂い。

それが何を意味するのか、愛には想像出来なかったし、したくもなかった。


「……何の匂いだろう、これ」

「さぁ?中に入ってみれば分かりますよっ……と」


ことっと首を傾げると、賛夏は躊躇いなくドアノブの穴に鍵を挿し込んだ。

この先に何があろうが、正直知ったことではない。そんな彼の心情もあってか、存外鍵はスムーズに開き、扉を引けばバサバサと新聞受けに溜まりに溜まったチラシ類が落ちながら、閉ざされた部屋の全貌と、苛烈さを増した異臭、それと――黒光りする無数の虫が、此方を出迎えた。


「――うっ!」

「お嬢様ぁ、そのまま口塞いでてくださぁい」


とん、と愛を後ろに下げるように押して前に出た賛夏が、片手を突き出すと共に、室内に紫色の煙が瞬く間に充満した。


愛も一度喰らった彼の能力、毒吐(ポイゾナー)。
体内であらゆる毒を、あらゆる形で精製、放出することが出来る。それが、彼が覚醒によって得た力だ。

かつて愛に使ったのは、後ろから送り込まれた為に形状は分からないが、神経麻痺の毒だと、彼が言っていたのが記憶にある。
では今回のは、何の毒かと、手で口を覆ったまま思考する愛の前で、蠢いた虫達が瞬く間にその動きを失っていった。
放たれた霧状の毒は、どうやら殺虫効果があるらしい。恐らく調整次第で、人でもフリークスでも殺すことが出来るのだろう。


暫くして、目につく虫が全て息絶えると、霧が晴れていくように毒煙が消えた。
すると、賛夏が手でOKサインを出してきたので、愛は呆気に取られて忘れていた呼吸を再開した。

と言っても、相変わらず部屋に漂う酷い匂いのせいで、あまり息をしていたくはないのだが。


「案の定、すっごい湧いてますねぇ、虫。これ二階だったら大惨事だったでしょうに」

「……全然、驚かないんだね賛夏くん」

「似たような光景に出くわすことがしょっちゅうありますからねぇ。もう慣れっこですよ」


改めて見遣った室内は、無数のゴミ袋と虫で溢れていた。

賛夏の毒により死に絶えた虫は、害虫の代表格とも言えるゴキブリだけでなく、蝿や蛆、その他名前も知らないようなものまでうじゃうじゃと湧いており、そこに踏み込むのに靴を脱いでいられるかと、賛夏は土足のまま、部屋に踏み込んでいった。

愛は、靴を履いていても嫌だったが、賛夏に啖呵を切った手前、此処で立ち往生していてはいけないと、思い切って虫とゴミの上へ足を踏み出した。


ぐちゅ、ぷちゅん。

何かが自分の体重で潰れる感覚に、鳥肌を立てながら、空気が汚れ、濁っているように見えるような不浄の空間を見遣る。


北登勢アパートは凡そワンルームなので、ドアを開けた時点で部屋の中は殆ど見えていた。

生活感に富んだ室内、ゴミ袋、虫。その中に、人らしきものの影は一切見えず、故に賛夏も躊躇いなく、毒を散布していた。

しかし、一つだけ。
敷かれたままの万年床の上に、玄関先からぱっと見ただけではまるで分からないものが置かれていた。

それこそが、この部屋の全ての異常を生み出しているものには違いない。しかし、それが何なのか、遠目には分からない。
ならば、近付くしかないと、先にそれを観察している賛夏の隣にまで移動し、彼同様に視線を落とした瞬間。愛は部屋の異臭をもろに嗅いだ時よりも強い吐き気に見舞われた。


「…………なに、これ」


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