FREAK OUT | ナノ
そうだ。彼は、そういう男だった。
愛する妹を救えず、FREAK OUTを退いてからも、彼はその信条を貫き続けてきた。
助けられる限り、助けられる人間を助ける。其処に意味が無くとも、それを成し遂げ続けるのが斯く在りたいと願った”英雄”の姿なのだと、彼は”帝京最強の男”として戦った。
自分は決して、”英雄”になれはしないと自覚しながら――それでも彼は、無意味に人を救い続けた。
「…………そうでした。あの方は、そういう御人でしたね」
彼は、かつての自分と同じ、徘徊する希死念慮の虜囚だ。
その心の脆弱さ故に、自ら引き鉄を引くことが出来ず。いつか誰かに、何かに裁かれるのを待ち望み、戦いの中に身を置き続ける。
自分達はよく似ていると思う。だが、彼と自分には決定的な違いがあり、雪待が持ち合わせるその一点に、貫田橋は強烈に惹かれた。
「ご心配をお掛け致しました、深世様。私が出るまでもなく、あの方は……雪待様は立ち上がれます」
彼は、強い。
絶望に屈し、己の無力さに打ち拉がれ、犯した罪業に押し潰されながら、彼はたった一人で立ち上がり続けた。
戦場に背を向けながらも戦うことを止めず、壊れた心を押し込んで、彼は前へ前へ歩みを進めてきた。
その姿は”帝京最強の男”と称するに相応しいものとは言えないのかもしれない。だが、彼と同じ弱さを抱え、彼と同じ死の訪れを望んできた貫田橋には、へし折られた心を抱えたまま歩み続けるその姿にこそ真の強さが在ると、そう感ぜられた。
幾度も幾度も心折られながら、それでも戦い続けるという選択が如何なる苦痛を伴うか、貫田橋は知っている。
だからこそ、彼は雪待に強く憧れた。この男が正真正銘、”帝京最強の男”である、と。
「何せ、あの方は……”帝京最強の男”ですから。えぇ、えぇ。私では役不足に決まっていますとも」
彼は必ず、再び立ち上がる。
その確信を握り締めるように拳を固めると、貫田橋は深世の墓前から腰を上げた。
「私に出来ることなど、限られています。それでも……少しでもあの方の御力になれるよう、尽力致します」
ケーキが入った箱を手に取って、貫田橋は墓石の前で一礼した。
まだ、この手の中には残されたものがある。今度こそ、最後まで握り締めていようと貫田橋は空を仰ぐ。
ただ生まれて、生かされて、漠然と死を望まれていた。
そんな自分にも、生まれてきた意味、生かされてきた意義があると思えた。誰かの為に戦うこと、それが自分がこの世界に生まれ落ちた理由だと思えた。
だが、この手で守った筈のものはあるべき形に還るように踏み躙られた。
何も救えてなどいなかった。何も変えられていなかった。何も、何もかも、意味など無かった。自分が、無意味で無価値な人間だから。
それでも、いつか胸を張って言えるようになりたいと、そう願った。
「助けられる人間は助ける。……たかが秘書に出来るのは、これくらいだ」
あの日、君が俺を助けてくれたことに意味はあったと。
ポケットにしまい続けた手紙に触れるように胸に拳を当てて、貫田橋は歩き出す。
墓前に供えられた白い花は、まるで少女の微笑みのように風に揺れ、彼の背中を見送っていた。