FREAK OUT | ナノ


腹部を覆う冷たさに、意識が引き戻される。

思わず眼を見開いて見ると、裂けた腹が氷で塞がれていた。雪待の能力に因るものだ。


「お、前……何、を……」

「このまま運ぶと臟が出る。下に医療部の奴等が来ているから、其処まで運んだら解くぞ」

「ど、どうして」


辛うじて動く首だけ動かして、担ぎ上げる為に屈み込んできた雪待の眼を見遣る。
サングラスから僅かに覗く鮮やか過ぎるエメラルドグリーンの瞳は、パラシティズムの咆哮を聞いた時のように、何の感情も湛えてはいなかった。

其処にフリークスがいれば殺すのと同じように、彼は自分を助けようとしている。

野良能力者である自分を助ける道理が無い、という訳でもない。自然的な行動と言えば、そうだ。それでも、貫田橋は問わずにいられなかった。


「どうして……俺を助けるんだ……」

「……何を言ってるのか分からん」

「お、俺は…………」


パラシティズムに吐き捨てたように訝られるのも、当然だ。貫田橋の言う、どうして自分を助けるのかというのは、何故このまま死なせてくれないのかと同義だったからだ。

せっかく拾った命を、こんな所で無為に捨てる意味を理解出来る人間など、果たしてどれだけいることか。
彼は何を成し遂げたでも無いのに。その死に何の意味があるというのか。

眉を顰めながら此方を見下ろす雪待の前で、貫田橋は胸の奥から喉元までせり上がった言葉を、小さく呟いた。


「俺は…………死にたいんだ」


その言葉を口にしたのは、それが初めてだった。


漠然と、腹の底に抱え続けた破滅願望。幼い時分から、あの手前勝手な両親に願われるがままに抱いた想い。

此処に至るずっとずっと昔から、自分は、死にたかったのだ。


無意味で無価値なこの命が、何かの拍子に、誰かの手で摘み取られることを、貫田橋は願っていた。

あの子に出会って、救われて、生きる理由を見出して、ほんの少し忘れることが出来ていたけれど――取り零して、失くして、気が付いた。


自分はどうしたって変わらない。この命には最初から何も無かった。この生には最後まで何も得られないように出来ている。

だから、もう、死にたいのだ。


貫田橋は頭を垂れ、嘆願するように首を曲げた。だが、雪待がその願いに応じることは無かった。


「俺は、お前を助けたくて助けた訳じゃない。助かるのなら助けるべきだと思ったからそうしているだけだ」


何故死にたいのか。それを尋ねることもせず、雪待は問答無用で貫田橋の体を担ぎ上げる。

端的に言って、雪待にとって貫田橋の事情も理由も、どうでも良かったのだ。


「お、おい……」

「無意味に助かった命だ。無意味に終わらせるのも、お前の自由だ。後はお前の好きにすればいいが……死にたいなら、俺の前で助かりそうな程度に死にかけるな」


相手が何を抱えていようと、興味が無かった。ただ其処に居て、死にかけていたので助けただけの人間に、関心など無かった。

それでも雪待は、貫田橋に手を差し伸べた。


「俺は、助けられる限り助けられる人間を助けないとならない。だから、死にたいなら速やかに死ぬか、俺の眼の届かない場所で死ね」


雪待が貫田橋を助けるのは、雪待の事情だ。

貫田橋だから助けたのではない。其処にいるのが他の誰かでも、雪待は同じように手を差し出した。そうすることが彼の信条であるからだ。

だから、助けた後のことはどうでもいいと彼は言う。


――此方の勝手で拾った命だ。其方も其方の勝手で捨てればいい。死にたいなら、死ね。但し、自分の眼と手が届かない場所で死ね。


言っていることは、理解出来る。だが、滅茶苦茶だ。とても理に適っているようには思えないし、意味があるとも思えない。そうすることで、彼は何を得られるというのか。


「……助ける意味の無い人間を助けて、虚しくならないのか」


貫田橋は知っていた。雪待尋が”帝京最強の男”と謳われながら、侵略区域から敗走し、”島流し”を受けたことを。

彼もまた自分と同じく、一度は折れた人間だ。戦うことを放棄したその胸には、救えなかったものの悲鳴が、無数に突き刺さっているだろう。

それでも、何故彼は未だ此処に居るのか。その問いに、雪待は迷い無く答えた。


「助ける意味の無い人間も助けるのが”英雄”だ」


幾度の絶望、敗北、挫折を経て、心が拉げ、砕けようと、それだけは決して変わることのない想いだ。

あの日、彼に救われた時から抱き続けた願い。


(俺は”英雄”・真峰徹雄。……それで、少年。君の名前は?)


彼のような人になりたい。

例え彼が、魔に堕ちようと――その想いは変わらなかった。


「たかが”帝京最強の男”でしかない俺に出来るのは、これくらいだ。だから俺は、助けられる人間は助ける。……それだけのことだ」

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