FREAK OUT | ナノ


刹那。上空から射した影に素早く反応してみせたパラシティズムが、脚を突き出した。

確実な手応え。肉を貫いた感覚に、口角を上げたのも束の間。其処にあるのが頭部を失くしたフリークスの躯であることにパラシティズムは眼を剥いた。


「虫食みて」


死角から現れた貫田橋が腕を振り翳す。

黒々とした目玉が、無秩序な色を湛えた何かを映し出すと共に、其処で視界が途切れた。


「い…………いぎぃああああああ!!!!」


焼けるような痛みが頭部に走る。眼球の殆どを、今の一撃で持って行かれた。
核には届かなかったが、視覚が潰れたのは大きい。此処で一気呵成に畳み掛けんと、貫田橋は着地と同時にパラシティズムの脚を一本抉った。

バランスを欠き、パラシティズムの胴体が沈む。渾身の一打を繰り出すべきは、このタイミングだ。

貫田橋は力強く踏み込み、膨れ上がった腹部目掛けて手を振り上げ――そのまま壁に叩き付けられた。


「が――はッ」

「んもう、酷いことするわぁ。子どもの死体を親に投げ付けるなんて惨いこと、アクゼリュス様だってしな…………いや、するか。あの人は」


何が起きたのか、理解する為に必要な物が今の一撃で持っていかれた。

脳を動かし、思考するだけのリソースが無い。呼吸すら儘ならない体では、まともに物を考えることすら出来ない。もう何を考えたところで無駄なのだと言い聞かせるように、脳は揺らぎ、視界は瞬き、意識が遠退いていく。

だが、眠りに就くことは許されなかった。堪えず最大指数を叩き出す壮絶な痛みに苛まれ、貫田橋は気を失うことが出来ずにいる。


「動かない方がいいわよぉ。臟、全部出てきちゃうわよ」


パラシティズムに言われて初めて、貫田橋は自分の腹が裂けていることに気が付いた。
既に臟が飛び出している。彼の言う通り、動こうとすれば残りの臟も床にぶちまけることになるだろう。動ければ、の話だが。


「はー、危なかった。ワタシの能力、仕込みが必要だからちょっと時間が掛かるのよ。その分、発動出来れば強いんだけど」


霞む視界の中、貫田橋の眼は零れた臟を齧るフリークスの姿を捉えた。

このフリークスは、何処から現れたのか。此処にいたフリークスは間違いなく皆殺しにしていた筈だ。では、こいつは何処から。その答えは、この身と同じように床に転がっている。


「や、っぱり…………あれは、お前の能力……か」

「あら、何となく気付いてた?でも、分かってても防ぐのが難しいのよねぇ、ワタシの能力」


パラシティズムの能力――名を、殺傷寄生(イディオビオント)。寄生蜂の如く対象に卵を植え付け、宿主の中で孵化させる能力だ。

卵は花粉程度の大きさで、彼の脚に付着している袋――脚の毛で隠れている為、視認は難しい――から放出される。フリークスの核の成長と同じく、人体のエネルギーを吸い取って成長する為、対能力者相手では卵の孵化に時間を要するが、一度発動すればほぼ確実に仕留められる遅行性の必殺技だ。

貫田橋の攻撃が届かなかったのも、孵化した卵の中身がパラシティズムの合図で彼の腹を食い破り、その衝撃で動きが止まった瞬間、パラシティズムの脚に叩き落された為だった。


理解は出来た。だが、理解出来たところでどうにもならない。半分裂けた腹では、起き上がることすら出来はしない。しかも、この中には未だ孵化の時を待つ卵が仕込まれている。

何とか立ち上がったとて、すぐさま内側から食い破られて倒れ込むことになるだろう。


「さて、どうしようかしら。ワタシの子ども達をこれだけ殺してくれた分、痛め付けてあげたいところだけど……あまり遊んでいられそうにもないのよね。そろそろ増援が来る頃合いだし……」

「ぐ、アァ……っ」

「うん、此処は大人しく撤退がベターね。向こうに残したお土産持って帰りましょ。可愛い男の子いっぱいゲットしちゃったから、何処から食べるか迷っちゃうわぁ〜」


爪の先で貫田橋の腕を突きながら暫し思惟すると、パラシティズムは踵を返した。

腕は潰した。これで虫食みては使えない。このまま放っておけば、貫田橋は死ぬ。いつ自分の腹を食い破られるかも分からない恐怖に震えながら血を流し、肉体が死へ向かう感覚に溺れる。それが、自分の可愛い子ども達を殺してくれた報いになるだろう。

運が良ければ、治癒系能力を持った能力者の増援が間に合うかもしれないが――それはそれで、良い。

生き残ったところで、この男は自分には勝てない。彼が絶対的に脅威に成り得ないものであるからこそ、パラシティズムは一匙程度の慈悲を与えるのだ。


「待…………」


こうなることを、望んでいた筈だった。

死は、恐ろしく無い。パラシティズムの言うそれとは違うが――これは、自分が受けるべき報いだ。その為に、死に場所を求め続けた。その為に、此処で戦うことを選んだ。

後悔は無い。だが、パラシティズムは言った。向こうに残した土産を持って帰る、と。

侵略区域に持ち帰り、捕食する為に捕えられた人間が居る。その中に、居る筈も無いあの少年の姿が浮かんで。


「待って、くれ――」


もう、腕を伸ばすことすら出来ない。それでも掴み取ろうと足掻く貫田橋を無視して、パラシティズムはラウンジを出る。

――否、出ようとした。


「氷天下(ブライニクル)」

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