FREAK OUT | ナノ


背後から低く響く声に振り向くと、其処には顔に化粧を施し、高いハイヒールを履きこなす男が立っていた。

逞しい体付きに見合わぬ、艶めかしい動作と口調に貫田橋が眉を顰める中、男は芝居掛かった動きで口元に手を宛がい、よよよと嘆きの声を上げる。


「ワタシの可愛い子ども達が……生まれたばかりの子ども達が、こんな……」

「…………ワタシの?」


その奇抜な身なりと言動に面食らいながらも、貫田橋の精神の糸はこれまでに無く張り詰めていた。

それが一層、ピンと強く引き締められるような感覚の中。肉厚の背を丸めて悲嘆していた男の眼が、ぐるりと回ると同時にその色を黒く反転させた。


「どういう意味なのか、分かったみたいねぇ」


瞬間、反射的に身を引いて間合いを取った貫田橋の前に、巨大な蟲の脚が突き刺さった。

それが男の背から生えているものであるのを捉えると共に、男の口から肉で出来た袋のような物が吐き出された。
袋は風船のように膨らみながら男の中からずるずると這い出し、それに伴い背中から生えた脚が引き摺り出されていく。

現れ出でたそれは、異様に腹が膨れた蜘蛛のような人間のような何か、と形容するのが適切か。しかし、その腹部を突き破る薄い翅と縞模様の脚は蜂を思わせる形をしており、複数の生き物が寄生し、混ざり合ったかのような醜悪な姿をしていた。


「ワタシはパラシティズム。≪花≫ランクのフリークスよ」

「…………≪花≫、か」


その名が十の悪徳を関していないとて、安心出来る通りなど無く。貫田橋は粟立つ肌が戦慄くのを感じながら、強張る体で身構えた。

彼がこれまで≪花≫と対峙したことは無かった。≪蕾≫の上位を単騎で倒したことはあったが、開花を遂げたフリークスが異次元の脅威であることは彼でも理解出来ている。


敵は完全に未知数。しかも、此方は一人だ。勝てる見込みは、無い。だが、貫田橋の中にある恐怖や諦念は、昂揚と待望に似た熱を孕んでいた。


「あら、逃げないの?見た所……貴方の能力、そういうのに特化してるようだけど――」


額に浮き出た小さな複眼と、両の眼で消えた貫田橋の姿を追う。

彼の能力は理解出来ていても、追い付けるものではない。初動を許せば即座に姿を眩ませ、惑っている間に陰から刺すような一撃が襲う。


「虫食みて」


ぐんと膝を曲げて身を屈める。彼の腕が頭部を掠ったのと同時に、パラシティズムは尻を持ち上げ、宙から現れた貫田橋の胴体目掛けて針を突き刺す。
その動きに合わせて貫田橋は身を捩じり、針を往なすようにして横に飛ぶ。

床を滑るように着地しながら、そのままパラシティズムとの距離を詰めようと駆け抜ける。血肉で滑める床に足を取られそうになりながらも、バランスを崩さず、勢いを殺さず、貫田橋は器用にラウンジ内を走り回る。


パラシティズムの体を支える脚は非常に長い。パワーもリーチもあるおまけに伸縮可能のようだが、細かな動きの対応は不得手と見える。体の構造的に、懐に潜り込まれた時の攻撃手段も乏しそうだ。腹部から生えた蜂めいた脚さえ削ってしまえば、ボディはがら空きになるだろう。

ヒットアンドアウェイで消耗させつつ、核の場所を探り、ここぞというタイミングで刺す。恐らくはこれが勝ち筋となるが――≪花≫ランクのフリークス相手にそう上手く行くものか。


分からない。だが、やるしかないのだと貫田橋は迫るパラシティズムの攻撃から身を躱し、彼の懐へ滑り込む。


「いやぁ〜〜んッ!!」


膨れ上がった胴体部からは想像し難い、軽業めいた動きで、パラシティズムが逆さ立ちしてみせた。

前脚二本で体を持ち上げると、そのままバク転するように身を翻し、着地と同時に脚の関節がぐるりと回転する。一瞬で後ろを取られたかに思われた貫田橋だが、既に其処に彼の姿は無い。


「また隠れたのね……んもう、ちょこまかとぉっ!」


苛立ち、足踏みするパラシティズムだが、彼は脳裏で貫田橋の能力について分析を始めていた。


彼の能力、虫食みてはワープトンネルを作り出すものだ。トンネル内を行き来出来るのは彼自身と、彼が出入りを許可したもの・部位に限られる。一部分だけの侵入を許可することで、相手の体を削り取ることが可能であり、それが主な攻撃方法となる。
ワープ先は広域に渡り、X軸のみならずY軸も指定出来る。

非常に利便的且つ応用の効く能力だが、弱点もある。


(@、能力発動前には必ずモーションがある。空間の穴を作るには腕を使う必要があるようだから、攻撃と退避のタイミングが分かり易い)


貫田橋の動きを観察すれば、これはすぐに理解出来た。

彼が攻撃か退避の時には、必ず腕で空間を抉るような動作が見られる。能力イメージの強化用に組み込まれたルーティンかもしれないが、攻撃のみならず回避にまで使われているのを見るに、恐らくノーモーションでの能力発動は出来ないとパラシティズムは推察した。


「っとう、そっちねぇ!」


空中から現れた貫田橋から逃げるようにパラシティズムが横に飛び退く。

その動きに巻き込まれ、椅子やテーブルが紙屑のように吹き飛んでは壁に激突し、派手な音を上げる。それに紛れるようにして、再び貫田橋が姿を眩ませた。


(A、空間の穴は大きければ大きいだけ、体力を消耗する。ワタシに対しても子ども達に対しても攻撃範囲が小さいのは、無駄な消耗を避ける為かしらね)


ラウンジ内に転がるフリークスの死体はどれも損傷が最低限で仕留められている。
無駄な動きを嫌ってのことのようにも見られるが、数の多さと未知の発生源に対して消耗を押さえたと考える方が適切だ。自分が彼の立場であっても、同じようにするだろう。
此方への攻撃が体のサイズ感に見合った大きさをしていないのも、ここぞというタイミングで仕掛ける為だろう。

相手の手の内が分からない内から最大火力を出していては、すぐ使い物にならなくなる。そういう戦い方が出来る能力というのは限られているものだ。

虫食みての能力がバレていなければ、一気に攻め込むことも出来ただろうが、核の場所も再生に使えるリソースも分からない≪花≫相手にそれは無謀と言えよう。


(B、消耗はワープ先までの距離、ワープトンネルの形成時間にも比例する。これは予想だけど……凡その能力ってこういうルールがあるものだわ)


貫田橋に逃げる心算が無いこと、彼の攻撃手段が近距離に限られることを考えるに前者は考慮する必要は無いだろう。そうなると、問題は後者だ。

瞬間移動という利点もあるが、余り長い時間ワープトンネルに篭ろうとしないのは此方も体力消耗に関わる為と思われる。緩急を付ける為に数秒程度潜ることはあるだろうが、籠城目的で数分間篭ることは無いだろう。

体力面で圧倒的に劣る能力者が高ランクのフリークスを単体で相手取るに当たって、消耗に因る能力発動の失敗は死を意味する。不測の事態・絶好の機会に備え、消耗は必要最低限に止めるのが定石だ。

好戦的な見た目に反し、冷静な戦い方をする。だが、此処で退けないのであれば戦士として駄目だ。


(C、入口を作る時、最初に大きさが指定される。だから一度避けてしまえば、彼は次の攻撃に移らざるを得ない)


貫田橋の攻撃を巧みに躱しながら、凡そ虫食みての分析を終えたパラシティズムはニタっと濁った歯を剥いて嗤った。

≪花≫である自分に一人で向かって来るからには、何かしらの切り札を有しているのではないかと疑ったか、彼の底は知れた。悪くない能力だが、たった一人で戦い抜けるだけの絶対的な力は無い。これは誰かと組んで初めて真価を発揮するタイプだ。


「虫食み――」

「其処!」

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