FREAK OUT | ナノ


その日、貫田橋は要人警護の依頼で癸区(みずのとく)にある高級ホテルに来ていた。
愛人とディナーに行くので、パパラッチとフリークスを見付けたら片付けてくれという小金持ちからの依頼だった。

心底くだらない、吐き気を催すような案件だと思いながら、貫田橋は割の良い賃金の為にそれを引き受けた。


きっと自分の両親もこんな風に、何処かの誰かと汚らわしい逢瀬を重ねていたのだろう。そんなことを頭の端で思いながら、それでも仕事を受けた自分に嫌気が差すことすら無くなっていた。

何の感慨も感傷も持ち合わせることなく、ただ与えられた仕事を作業のように熟す。この頃の貫田橋は、金を入れればフリークスを殺す装置のようだった。


だからこの日も、週刊誌のパパラッチを適当に絞め上げて、それで終いだろうと、貫田橋は濁った眼で煌びやかなホテルのラウンジを眺めていた。

しゃんと背筋を伸ばして歩くホテルマンの上半身が、爆ぜて吹き飛ぶ。その時まで。


「キャ……キャアアアアアアアア!!」


何が起きたのか、一瞬理解が遅れた。そして思考が追い付くより早く、狂瀾は雪崩の如く襲い来る。


「な、なんで……なんでフリークスが、こんな」

「イヤアァアア!!こ、来ないでぇえ!!」


何処からか、フリークスが湧き出した。それも一体二体の話ではない。視認出来るだけでも十は超えている。何れも小型だが、この環境下でこの数がいきなり現れたのは異常だ。
これらは外部から侵入したのではない。窓が割れた形跡は無く、至極当然、正面玄関から堂々と押し寄せたのでも無い。そのような事態が起きていたのであれば、とうに騒ぎになっているからだ。

では、このフリークス達は何処より現れ出でたのか。貫田橋は考えるより先に体を動かした。


「虫食みて(ワームホール)」

「ピギァッ」


不様に転がる宿泊客に圧し掛からんとする虫型の――引っくり返した人間の胴体に八つの脚を付けた蜘蛛めいた――フリークスの頭部を、削り取る。

突如湧き出したフリークスは等しく、同じ姿形をしている。大きさに多少差異がある程度だ。ランクは何れも≪種≫程度。恐らく全て、生まれたてだと推察出来た。


「…………此処で生まれたのか」


此処は帝京有数の高級ホテルだ。人の眼と手が届かない場所など、そうは無い。客室には毎日、清掃が入る。レストランやバー等の飲食施設や屋内プール、フィットネスジムも然りだ。

であれば、このフリークス達の発生源は何処にあるのか。

思考しながら、飛び掛かるフリークスを払うように削り殺した瞬間。貫田橋の視界の隅で、また人が爆ぜた。逃げ遅れた宿泊客の一人だ。


「う、うわあああああ!!」


連れの男が、上半身を失くした女の前で腰を抜かして座り込む。其処に上からフリークスが飛び乗って、恐怖に引き攣った顔を齧り取る。


――そういえば雇い主の男は無事だろうか。


飛散した血と肉に塗れたラウンジの何処かに、依頼人だったもののそれがあるかもしれないと思いながら、貫田橋は男の頭部を嬉々として咀嚼するフリークスを削った。

生きて逃げ遂せているならそれで良い。死んでいるのなら、それでも良い。貫田橋の目的は人を守ることでも、それによって高い賃金を得ることでも無いからだ。故にクライアントも他の人間も、その生死に思うことは無い。

老若男女、その差異すら分からなくなった死体の数々を刃毀れした刃物のような眼で眺めながら、貫田橋はふとある事に気が付いた。


「…………死に方が違う」


最初に絶命したホテルマンと今し方死んだ宿泊客の女。それともう一人、貫田橋が気付かぬ内に死んでいた誰かであった何かは、他の死体と明らかに死因が異なっていた。

此処にある凡その死体は、フリークスに喰い殺されたものだ。頭部や頸部、腹部を食い千切られた痕跡がある。だが前述の三人は、喰われた形跡こそあれど、何れも死んだ後のものだ。

彼等の死因は、内側から爆ぜるようにして上半身が弾け飛んだことだ。天井を見上げれば、勢いよく吹き上げられた女の頭部の残骸――長い髪が生えた頭皮がへばり付いている。


あのフリークス達は能力を有していない。体の構造から見ても、あのような殺し方は出来ない筈だ。であれば、彼等を死に至らしめたのはあれらでは無いか、或いは別の手段を以て殺されたということになる。

その答えに殆ど確信を持ちつつ、貫田橋は辺りを見渡す。ラウンジ内に現れたフリークスは殲滅した。ホテルの従業員や宿泊客は概ね、此処から脱出したらしい。悍ましいほど静まり返ったラウンジの中には、血の滴る音だけが響いている。

この規模のホテルだ。自分以外の能力者も警備に当たっているだろうし、通報を受けたFREAK OUTも此方に向かっている頃だ。此処で自分が成すべきことは、無いと言えば無い。
このまま素知らぬ顔でホテルを出てしまおうか。そんなことを思惟しながら、貫田橋が乱れた椅子と椅子の間を歩いていた時だった。


「ひっく……う……うぅ…………」


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