FREAK OUT | ナノ
馬鹿みたいだ。馬鹿みたいだ。
何もかも、どうかしている。そうじゃなければこんなこと、どうして認められよう。
「一人でグラトンを倒すなんて、すごいじゃない。まだこんな子どもなのに、大したものだわ」
あいつが戻って来たせいで、こんなことになった。
あいつさえいなければ、事務所から遠ざかるように歩き回ったりしなかった。此処で上級の≪蕾≫と鉢合わせたりしなかった。
あいつが十怪を倒したりなんかしなければ、こんな所で出くわすことだってなかった。
あいつのせいで、あいつのせいで!
「悔しいわよね。貴方はこんなにも若くて優秀なのに、こんな所で死ぬだなんて。遣り切れないわよね」
壊れた水道管のように、血が溢れ出る。其処に混ぜ込んだ毒液が、既に死に絶えたフリークスの体を溶かしていく。ぐずぐずに溶けたその死肉に、女型のフリークスが触手を伸ばす。
何かを取り出そうとしている。
この隙に攻撃か、逃走を選ぶことすら、今の彼には出来なかった。
グラトンと呼ばれたあのフリークスとの戦闘で、両の脚がやられた。腹部も喰いちぎられ、骨が見えている。これだけの損傷を受けて、動くことなど出来る筈も無い。
もう、いつだって殺せる筈だ。その巨体で、蟻を踏むように潰すだけで、自分は死ぬ。だのに、それは紫色の煙を上げながら腐敗していくフリークスの体をまさぐり続ける。
「だから、ね。貴方にはこれを口にする権利があると思うの」
ずるりと腐肉と粘液を纏いながら引き摺り出されたそれを眼にした瞬間、彼を襲ったのは未知の衝動だった。
恐ろしく喉が渇く。それを口にしなければ満たされないだろうという激しい餓え。身を焼かれるような欲求に駆られ、腹が更に千切れるのも厭わず、手を伸ばした。
「一口齧れば、それでいいのよ。それだけで、貴方は全て取り戻せるの。命も、自由も、尊厳も」
女型のフリークスは、まるで手を差し伸べるように、それを口元へ差し出す。
汚らしい血肉に塗れながら、弱々しく光るそれが、蜜が滴る果実のように甘く香る。
血溜まりの上に転がったまま、彼は首を伸ばし、それに――フリークスの核に齧り付いた。
「あ……あぁああああああああ!!!!」
とうに痛みの臨界点を超えていた体から、絶叫の声が上がる。
細胞を一つ一つ、懇切丁寧に破壊していくような、想像を絶する激痛。
自我さえ吹き飛ぶような痛みの中、彼の体は文字通り、生まれ変わっていく。
「さぁ、名前を考えてあげなくちゃ。貴方は、確か……そうね……」
失くした両脚の代わりに、尾が生えた。白い鱗に覆われた、大木のような蛇の尾。
否、尾だけではない。彼の腹から下は、もんどりうったように上体を逸らして宙を仰ぐ、巨大な蛇で出来ていた。
「リグレット。貴方は今日から”懺悔”のリグレットよ」
剥き出しの肋骨の下で蠕動する、白い蛇。その死に絶えた色の無い目玉を暫し見つめた後、彼は呵々大笑と声を上げた。
遠く、誰かの声が聴こえる。
――喰らえ、喰らえ、喰らえ。
雨のように降り注ぐ笑い声の中、それは顔も名前も知らない母のように囁いた。
死にたくなかった。
死にたくなかった。
死にたくなかった。
死ぬべきだと分かっていても、死ななければいけないと分かっていても、死にたくなかった。
だから、それに手を伸ばした。
それを口にしたら、自分が自分でなくなると分かっていたのに。
(マジかよ、アイツ。バチカルの核を喰いやがった)
死にたくなかった。
死にたくなかった。
死にたくなかった。
ただ、それだけだったのに。
ただ、それだけが罪だった。
――FREAK OUT第三部 完