FREAK OUT | ナノ
一つだけ、我儘を言わせてほしいと頼んだ。自分が今、これ以上に欲しい物は無いのだと、困惑する慈島に頼み込んで、愛はもう一つ指輪を手に入れた。自身のそれと、揃いの指輪だった。
お守り代わりとしてこれを持つのであれば、慈島にも同じ物を持ってほしい。
彼からすれば迷惑極まりない要望だと思った。口にした傍から、何てことを言ったのだと消えてしまいたくなった。だが慈島は、自分なんかで良ければと、その願いを聞き入れてくれた。
「こうやって首に提げておくよ。……指に着けると壊しちゃうから」
慈島の鎖骨の上で、銀の指輪が光る。一番シンプルなデザインの物を選んだので、よく似合っている。
普段アクセサリーの類を身に着けない慈島は少し気恥ずかしそうにしているが、色眼鏡抜きにしても似合っている。寧ろ、自分の方が不釣り合いだという言葉を呑み込みながら、愛は人差し指で光る指輪を見遣る。薬指に嵌める勇気は、無かった。
隊舎に戻ったら、隊服のドッグタグに繋げようか。いや、別のチェーンに通して服の中に隠しておこう。
本当は見せびらかしたくて仕方ないが、彼があらぬ誤解を受けては申し訳が立たない。
誰にも、彼の純粋な善意を疑わせたく無い。これ以上、彼が傷付けられることのないよう、この宝物は自分一人だけの物にしておこう。
手を握り込むと、金属の冷たさが体温に溶けていく。その感覚に心が解されていくのを感じた時だった。
「ありがとう、愛ちゃん」
突拍子も無いその言葉に、愛は暫し面食らった。
その見開かれた大きな瞳は、いつも自分を真っ直ぐに見つめてくれる。自分自身ですら眼を逸らした醜く悍ましい”怪物”を、彼女は人として尊んでくれる。
だから自分は、彼女に全てを捧げたいと願うのだ。彼女は、とても勿体ないと言うけれど。慈島からすれば、彼女から与えられるものが大き過ぎて足りないくらいだった。
「わ、私は何も……」
「いや……君が俺のことを想ってくれる。それ以上のものは、何も無いんだ……」
足りない。足りない。足りないままに、終わってしまう。
その焦燥感に駆り立てられ、今日一日彼女の手を引いてきた。だが、それももう終わりだ。
直に陽が沈む。明日になれば、彼女はもう此処には居ない。そして二度と、戻ることは無いだろう。
(愛くんを喰らってしまったその時…………君は、本当の”怪物”になってしまうだろう。君の為にも、彼女の為にも……その衝動が飼い慣らせないのなら、君達は離れるべきだ)
この身が、心が、人の形を保っていられるのも今だけだ。
再び彼女があの家に戻る時――慈島志郎という人間は、居ない。
もっと彼女の為にしてやれることがあった筈だ。それを思えば後悔しかない。彼女との誓いを反故にしてしまうことも、悔やんでも悔やみきれない。
酷い男だ。だから、どうか恨んでほしい。あれは所詮、醜い獣だったのだと憎んでほしい。
そうして、こんな愚かな”怪物”のことなど忘れて、真っ当で誠実な誰かと幸せになってほしい。そんな手前勝手な願いを握り締めながら、慈島は微笑む。とても、化け物とは呼べない顔で。
「だから……ありがとう、愛ちゃん。俺みたいな”怪物”の手を取ってくれて……ありがとう」
「…………慈島、さん」
「……離れていても、ずっと君のことを想っているよ」
きっとこれが、最後になる。
そう物語るような慈島の笑みが胸に深く突き刺さって、愛は足を止めた。
視界が滲む。堪えなければと言い聞かせても、切り付けられたように痛む胸が、悲鳴を上げる。
どうか、振り返らないでと願った。知られてしまったら、もう、止めることが出来ないから。
嗚咽を喉で押し殺し、愛は誰にも気取られないようにと、息を吐き出すようにして泣いた。
先を歩く慈島は、それに気が付くことが出来なかった。