FREAK OUT | ナノ


「当たり前だけど、指輪だけでも色々あるね」

「そ、そう……ですね」


結局根負けして、ジュエリーショップに入ることになってしまった。


店内はまるで、巨大な宝石箱のように煌めいて、自分一人くすんでいるのが浮き彫りにされるような心地がした。

ショーケースの中のジュエリーも、それを眺める恋人達も皆輝いているのに。自分はその中に入れない。


――お前は二度と、この世界は戻れない。


また誰の物かも分からぬ声に、そう囁かれた気がした。


己が使命を成し遂げるまで、幸福を手にすることなど許されない。だが、ふとした拍子で壊れてしまうような躯で、何が出来るというのだろう。


――だから、私は戻れないんだ。


たかがガラス一枚隔てた向こうが途方も無く遠く感じられた。指輪もネックレスも、幾億光年彼方の星のように見える。

どうして自分は、こんな所に居るのだろう。此処にある物一つとして、手を伸ばしていい筈も無いのに。


虚しさに押し潰されそうになる体で佇む。地面の上に立っている心地がしなかった。まるで、自分の居る場所だけが切り取られ、誰もいない何処かに貼り付けられたような。そんな心地から愛を引き戻したのは、慈島の予期せぬ言葉だった。


「……ごめんね、愛ちゃん」

「え」

「今日の俺、何て言うか……強引だよね」


愛が沈んでいるのは、自分が半ば無理矢理此処に連れ出したせいだと思ったらしい。
彼女が遠慮しているものだと思って、多少強引にでも手を引いた方が愛の為だと思ったが、逆に気を重くさせてしまったのではないかと、慈島は悔いていた。


「明日には君は、ジーニアスに戻る。そうしたら……俺が君の為に出来ることが、無くなってしまうんじゃないかって。そう思ったら、今此処で君の為に何かしてあげたいって気持ちになって……」


我乍ら嫌になる。彼女の為に出来ることの少なさも、己の不出来さも。

他の誰かであったなら、きっともっと上手く出来た筈だ。愛の苦しみに寄り添って、再び戦地へ赴く彼女の心の寄る辺になれた筈だ。


それなのに。此処に居るのが自分であるばかりにと、慈島は自嘲するように痛切な笑みを浮かべた。


「ごめん……。迷惑だったら、そう言って」

「め……迷惑なんてこと、ないです!絶対に!」


思わず張り詰めた声が出てしまったことに、顔が熱くなる。

自分のような子どもを連れているせいで、ただでさえ彼は、周りの人に奇異の目で見られている。それを承知で、此処まで手を引いてくれた彼を、これ以上傷付けたくない。
だから、誰も此方を見ないでくれと嘆願するように首を振ると、愛は弱々しく、慈島の手を掴んだ。


「私……慈島さんが居てくれるだけで、それで良いんです。今日こうして一緒にいられるだけで幸せで……だから、これ以上何かしてもらうのが、申し訳なくて」


これも、嘘だ。本当は、もっともっと彼が欲しくて堪らない。

その手が欲しい。熱が欲しい。声が欲しい。言葉が欲しい。形ある物が欲しい。想いが欲しい。彼の全てが欲しくて、欲しくて、どうにかなってしまいそうになる。

けれどそれは、自分には許されないものだから。だから、ただ傍にいてくれるだけで、それで良かったのに。


「…………プレゼントじゃなくて、お守り代わりってことじゃダメかな」


どうして与えようとしてくれるのだと、いっそ恨めしかった。

堪えなければならないのに、求めてはならないのに、彼から齎させてしまったら、拒めなくなってしまう。


「君が無事でいられるように……そういう願いを込めて、何か一つ買わせてもらえたら……俺は、すごく嬉しいんだけど」

「…………私、も」


強く、彼の手を握った。一つ二つでは満たされない浅ましい心は、いつかこの指を食い千切ろうとするだろう。

その醜い衝動を、此処に封じ込めてしまおう。それが、自分が立てるべき誓いだと愛は重ねた手で、自らの左手薬指を握り込んだ。


「私も、すっごくすっごく……嬉しい、です」

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