FREAK OUT | ナノ


街もうすっかり秋の装いになっていた。五月に訪れた時との違いと言えば、その程度か。
店舗の入れ替えや、新しい改札工事など目新しい変化もあるが、時の流れを憂いる程の物では無い。

此処では、人々の暮らしと営みが当たり前のように続いている。その中で生まれた緩やかな――誰かにとっては目まぐるしい――変化。

そんなものに眼を向けるようになったのは、それが自分の守るべきものになったからだろう。


ふと目を向けたショーウィンドウの中に、焦土と化した街が見えた。

冬の新作ファッションに身を包んだマネキンが、何処かで見た誰かの顔になる。


――お前は二度と、この世界は戻れない。


ガラスを隔てた先から、そう囁かれたような気がした。


「…………愛ちゃん?」


意識が引き戻されると同時に、愛はしまったと思った。

こんな所で呆然としていたら心配させるに決まっている。慌てて取り繕うに笑顔を作っても、慈島の顔は晴れない。


「あ、えっと……すみません。ちょっとボーっとしちゃって」

「……やっぱり疲れてる?」

「いえ!本当に元気です!あのコートが可愛くて見惚れちゃっただけなので!」


嘘だ。体も心も騙し騙し継ぎ接いだ襤褸切れだし、マネキンが着ているコートだって、ちっとも趣味じゃない。だのに、息をするように偽った自分が嫌になる。

彼の前ではいつもこうだ。本当の想いを隠して、蓋をして、どうか気付かないでくれと祈っている。


何時になったら自分は、彼に対し正直でいられるようになるのだろう。ほとほと己の弱さと狡さに辟易する、と愛が僅かに俯いた時だった。


「……ちょっとだけ、休憩しようか」


項垂れた頭を、優しく撫でられた。


今よりずっと幼い時も、こうして慰めてもらった日のことを思い出す。

癇癪を起こして大声で泣き喚いていた時も、何も言いたくないと膝を抱えて身を丸めながら啜り泣いていた時も、彼はその手で胸の痛みを吸い上げてくれた。


「飲み物買ってくるよ。何か、飲みたいものある?」

「……お任せします」

「分かった」


思わず零れ落ちそうになる涙を、ぐっと堪えた。

泣いてしまったら、メイクが落ちる。また暫く会えなくなるのだ。最後の記憶が、みっともない姿にならないようにしなければと愛は涙腺を引き締めた。


慈島が戻って来るまでの間、適当なベンチに座って彼を待つ。今だけでも明るく元気に振る舞わなければ、気を遣ってくれた彼に申し訳ない。何とか持ち直す為にも、今日これからについて考えようと愛は思考をシフトした。

せっかく慈島が誘ってくれたのだ。ちゃんと楽しまなければ悪い。


以前のように気の向くまま、眼に映った店に入って適当に買い物するのも良いが、ある程度行きたい場所を絞るのも大事だ。

前に訪れた店に再び足を運ぼうか。新しく出来たショップに入ってみようか。

取り敢えず、この近隣で気になる店に目星を付けておこうと軽く辺りを見回した愛は、ふと斜め向かいにあるジュエリーショップに眼を奪われた。


(あぁ、これ?これはハニーとお揃いの指輪よ)


吾丹場に着いてすぐのことだった。アクゼリュス襲撃に備えた訓練の合間。愛は、海棠寺の首に提げられている銀の輪が気になって、彼に尋ねた。

ジーニアス隊員には隊服と一緒にドッグタグが支給される。何時何処でどのように死ぬかも分からない身であることに加え、精鋭部隊という性質上、他よりもフリークハザードに対する危険意識を持たなければならないからだ。

このタグを提げているからには、有事の際には己の頭部を跡形も無く吹き飛ばすことも厭う勿れ。そういうメッセージが、あのプレートには込められている。


海棠寺の首にも、支給されたドッグタグが提げられている。それと重ねるようにして、彼はシンプルなシルバーリングにチェーンを通した物を身に着けていた。


(アタシ達きっと……ずっと一緒にはいられないわ。能力者で、ジーニアスだもの。明日にはお別れが来てもおかしくない。だから、せめて心だけは何時でも、何時までも一緒にいられるようにって……二人でお揃いの指輪買ったのよ。どちらか片方が死んでしまったら、遺された方はこの指輪を左手の薬指に着けましょうって……相手の名前を裏に彫ってあるの)


そう言って、海棠寺は指輪を傾けて見せた。内側には確かに、逆巻の名前が彫られていた。彼女の方の指輪には、海棠寺の名が刻まれているのだろう。


明日を生きられるかも分からない身で、永遠を誓うことなど馬鹿げているかもしれない。
けれど、だからこそ、海棠寺は誓いたかった。

瞬きする間に終わるかもしれない命だからこそ、死に物狂いで生き抜く為の縁が欲しい。
彼女を喪っても、彼女が喪っても、哀しみに倒れることなく、最期まで歩み続ける。その為の誓いを彼は求め、彼女はそれに応えた。


(あぁ、でも悲観的にしか考えてないワケじゃないのよ!もし、ぜんぶぜーんぶ綺麗さっぱり終わったら……その時は、お互いの指にこれを嵌めようって約束してるの。だから、もう駄目だって時……この指輪を見るとね、まだ死ねるもんかって思えるのよ)


どんなことがあろうと、自分が生きる理由は此処にある。

鈍ることの無い想いの如く、眩く輝く指輪に口付ける海棠寺の横顔が、店頭に飾られたポスターのモデルと重なった。


(結構、ペアリング持ってる人多いのよ。指とか眼に見える所に着けてると怒られるから、殆どの人は服の下とかに隠してるんだけどね)


幸せそうだと思った。

愛しい人との別離を覚悟の上で、それでも永遠を誓う彼の姿は、幸福のヴェールを纏う人のように眩く、美しかった。


「…………いいなぁ」


雑踏の中に掻き消されるような声で、呟いた。その直後だった。


「……あそこ、行きたいの?」

「?!」


背後からの声に肩が跳ね上がる。振り向くまでもなく、声の主が誰か理解出来た。故に、愛は狼狽した。


「い、慈島さん」

「これ飲んだら、行ってみようか」


言いながら、隣に腰掛ける慈島が、コーヒーショップのカップを手渡してきた。前に一度、好きだと言ったアイスカフェモカが入っていた。

あんな何てことのない話を憶えていてくれたのかという喜びが、胸に沁みる。が、感慨に耽っている場合では無かった。


自分の意図までは悟られていないだろう。しかし、このままでは慈島と二人でジュエリーショップに入ることになる。

そうなれば、彼は何かしら買い与えようとしてくるだろう。金額的にも品物的にも、それは忍びない。此処ははっきりと断りを入れなければと思った愛だったが。


「あ、いえ!ちょっと見てただけなので大丈夫です!別にこれといって何か欲しいとかじゃ」

「じゃあ、少しだけ見ていこう。中に、良い物があるかもしれないし」

「ちょ……い、慈島さぁん!」


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