FREAK OUT | ナノ


それから小一時間後。


「あれぇ〜〜?芥花さん、今日はお休みだと聞いてたんですけどぉ」


第四支部の戸を開いた賛夏は、本来其処に居る筈の無い人物と、居る筈の人物の不在に首を傾げた。


「シローさんとシフト代わったんだ」

「ふぅん。所長はまたお嬢様の御機嫌取りですかぁ。”英雄二世”の接待もタイヘンですねぇ」


何となく、そんな予感がしていたと言わんばかりの顔で賛夏が笑う。

明日には愛がジーニアス隊舎に戻る。帰り仕度のこと等考えれば、自由に時間が使えるのは今日が最後だ。
慈島のことだ、ろくな持て成しも出来ていなかったので最後くらいと彼女を連れて何処かにでも行っているのだろう。

その為に事務所に引っ張り出された芥花には心から同情すると憐憫の笑みを浮かべながら、賛夏は冷蔵庫からパック入りのココアを取り出した。


「いい御身分ですよねぇ〜。ボクらが汗水流して働いてる間に」

「……シローさんはこれまで殆ど休み取らずに働いてきたし、めーちゃんは休暇中だ。今だけでも好きにしたってバチは当たらないと思うけど」

「ふぅん。珍しいですねぇ、芥花さんがムキになるなんて」

「……ムキになんて」

「今みたいに捲し立てるような言い方、普段の芥花さんはしませんよぅ。っていうか、顔がマジなんですよぉ。鏡見ます?」


本部に向かう前や視察に備え、設置された姿見を賛夏が指差す。その人差し指の先を見るまでもないと、芥花は口元を手で覆い隠しながら、溜め息を浅く吐き出した。

彼の言う通り、自分は明らか過ぎる程にムキになっていた。普段、賛夏の悪態に対する宥め方と比べれば、一目瞭然だ。

相手は子どもなのだからと、黙っていろと言わんばかりに捲し立てたり、露骨に苛立った声を浴びせることもしてこなかったというのに、今日はそれが出来なかった。
これは良くないことだと芥花が自己嫌悪を噛み潰していると、パックに挿したストローでココアを啜る賛夏が、心の膿んだ所を探すように此方を覗き込んできた。


「お嬢様に、弱味でも握られました?」

「あぁ〜…………うん、そうかも」


思わぬ回答に賛夏が瞠目する中、芥花は言い得て妙かもしれないと独り言ちるように呟く。


その発想は、正直まるで無かった。それこそが的を得た表現であると認めても、果たしてそれが適切か否か分かり兼ねる程度に自覚も無い。

しかし、やはりこれ以上に当て嵌まる場所は無いと思えてならなくて、芥花は腕を組んで首を傾げた。


「なんだろなぁ……そういうんじゃないとは思ってるんだけど、他に何とも言い難いんだよなぁ……」

「…………」

「って、なんか俺、ガッキーみたいなこと言ってる気がする。俺も実はツンデレ属性だったのかな……」

「…………よく分かんないんですが、キモいのでもういいです」

「酷い!ざんげくんから聞いてきたのに!!」

「聞いてないとこまで聞かせないでくださいよ」


心底呆れたと顔に書いたような表情でココアを飲み干し、賛夏は空のパックをゴミ箱に投げ付けて席を立った。


「アレ、もう戻るの?」

「このまま此処にいると具合悪くなりそうなので」


不意に、姿見に映り込んだ自分に一瞬眼を向けた。まるで先程芥花に投げた言葉の意趣返しかのように、鏡の中の己はあからさまに機嫌の悪い顔をしている。

その鏡像に唾を吐きかけるように舌打ちして、賛夏は事務所を出た。


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