FREAK OUT | ナノ
何のことか、と問う前に、慈島が視線だけ上げる。
向き合わなければと腹を括っても、まともに彼女を見ることさえ憚られ、自ずと頭が垂れる。自ら断頭台に首を伸ばすかのように項垂れたまま、慈島は愛に詫び入る。
「戻ってきてほしいって言ったのは、俺の方なのに」
「慈島さんが謝ることなんて、何も」
「いや…………俺は、君に謝らないといけないことばかりだし……謝っても、許されないことだらけだ」
いっそ、全てを曝け出して罵ってもらいたいと思った。お前は醜い化け物だと誹られていた方が、ずっとマシに思えた。
自分を信じて、頼ってくれた彼女を裏切った。何があっても守り抜くと、そう誓ったばかりだというのに。
素知らぬ顔で鳴りを潜めるかのように人の形を保ち続ける手を、固く握る。
其処に握り込められたものを、彼女は知らない。それでも彼女は、慈島が抱える罪の形を知っている。
「私は……慈島さんが傍にいてくれるだけで、それでいい……です」
その身に流れる化け物の血に贖う。彼はその為に生きている。
胸が締め付けられる程、悲しい生き方だ。彼はこんなにも優しい人なのに、他ならぬ彼が、自分自身を人として認められずにいる。
その苦しみを、少しでも取り除くことが出来るなら、浅ましく在っても許されるだろうか。
煮え滾るように熱い肺中の空気を吐き出すように、愛は罪深い願いを口にする。
「だ、だから……どうしても申し訳ないって思ったら……そ、傍にいてください……。私は、それで…………それだけで、いいので……」
今すぐ此処から消えてしまいたくなる程の気恥ずかしさをぶつけるようにクッションを抱き締め、身を縮める。
何てことを言ってしまったのだと、後悔の念が怒濤の如く押し寄せる。耳まで熱を帯びるほど羞恥し、今からでも無かったことに出来ないかと愛はこれでもかと体を小さくして、眼を瞑った。
薄い闇の中。世界に降る最初の雨のような声が、愛の鼓膜を打った。
「…………ありがとう、愛ちゃん」
思わず眼を見開くと、丸めてから広げた紙に似た顔で、慈島が笑っていた。
とてもとても、勿体ない言葉を貰ってしまったと言うように眉を下げて、酷く苦しそうに彼は笑う。
そんなことを言ってもらってはならないのに、それでも、彼女が手を差し伸べてくれることが嬉しくて、困った。
これ以上は、どうやって贖えばいいのか分からなくなる。自刎したって足りやしない。
だのに彼女は、それを望んでくれやしないから、本当に困るのだ。
そんな自棄を孕んだような眼に、喉の奥が渇いていくのを感じて、愛は無意識的に唾を嚥下した。その直後だった。
「フリークス!!フリークスガ出ヤガッタゾ!!」
けたたましく響くフクショチョーの声に、慈島と愛は揃って顔を上げた。
徳倉達が巡回に出ている中、此方に連絡が来たということは、対象はこの近くに居るのだろう。
「場所は」
「ココカラ徒歩三分!!方角ハ東!!」
「分かった。……ごめん愛ちゃん、少し待――」
言い終えるより早く、愛が傍らを横切り、窓から飛び出した。
フリークスが出たと聞けば、頭より先に体が動かす。己が成すべきことを、思考ではなく反射で遂行する。それがFREAK OUTの戦士だという教えを、彼女は体の一部のように取り込んでいる。
黒光の翼を広げ、飛び立つ彼女の姿が確かに、”英雄”へと近付いているのを感じた慈島は、遅れを取ってはならないと窓から身を乗り出した。
「……大きくなったな、本当に」