FREAK OUT | ナノ


「それじゃ、ボクも巡回戻りますので、お嬢様どうぞ精々ごゆっくり〜」

「あ……ありがとう、賛夏くん」


わざとらしく恭しいお辞儀をして、賛夏も事務所を出て行く。

此処に居ても面白いことにはならないだろうし、慈島が戻って来たら口煩く叱り付けられるに決まっている。適当な場所で適当に時間を潰しているのが得策だと賛夏が立ち去ると、芥花がココアのおかわりを淹れてきた。


「嵐垣さんも賛夏くんも、変わらないですね」

「ホントにね。二人共……特にガッキーは、もう少し大人になってほしいよねぇ。この間も副所長会議の時、余所の副所長に喧嘩腰で行くから参ったよ」

「副所長会議……そっか。フクショチョーが行く訳にはいかないですよね」

「ジョーさんもしょーちゃんも色々あって副所長はやらないって言うから、こういう時は俺が代理として行ってるんだ。俺もあんまり本部行きたくないんだけど、あの二人は行くと周りの空気がヤバいことになるレベルだから……」

「な、成る程……」


余所でやっていけない厄介者の寄せ集め、というのが第四支部とはいえ、副所長の席に就ける者がいない程となると、愛の顔も僅かに引き攣った。

第五支部に着任した時にも感じたことだが、改めて第四支部はFREAK OUTの中でも異質な組織なのだと痛感させられる。


(雪待が戻ってくりゃあ、かなり楽になるんだがなぁ)


ふと、かつて徳倉がそうぼやいていたことを思い出し、愛は此処に彼が居た時分に想いを馳せた。


もし彼が今もこの事務所に居たのなら、第四支部の副所長になっていたのだろうか。

そんな未来があったなら、彼はきっと――あんなにも苦しむことが無かったのではないかと、愛は眼を伏せる。


(すまなかった、愛…………すまなかった…………)


あれから、雪待には会っていない。会えていない、というのが適切か。

ジーニアス隊舎には戻っていないらしい。電話を掛けても不在。貫田橋に聞いても「その内戻られるので」と言われて、それで終いだ。


其処で終わりにしたのは、彼はきっと戻ってくるだろうと信じているからだ。

此処で全て投げ出してしまった方が余程楽になれるのに、雪待尋という男は、そういう生き方が出来ない。


分かるのだ。自分と彼は、良く似ているから。


だから、今は待つことにした。

話したいことは、その時に話す。それまで、自分の気持ちを纏めて固めておこうと決めた。きっと師も、そうしている筈だ。


脳裏から剥がれ落ちてくれない、あの日の情景を噛み締めるように目蓋を下ろすと、愛は力任せに口角を上げた。


「他の皆さんも、お元気ですか?」

「元気が過ぎる程度に元気だよ。ジョーさんもしょーちゃんもフクショチョーもトワちゃんも」

「…………トワちゃん?」

「…………あ」


しまった、と芥花の顔が固まった。

全く聞き覚えのない――とは言い切れない程度に知っているような気がするその名が何を意味しているか。その答えは、ソファの影から現れた。


「あらあらあらあら!芥花さんったらいけませんわぁ!わたくしのことは内密にと慈島所長に言われていましたのにぃ!」

「と、永久子さん?!」

「御久し振りですわぁ、愛さん!あぁ、この日が来るのをどれだけ待ち焦がれたか……!わたくし、ずっと貴方とお会いしたかったのですわぁ!」

「ステイ!!トワちゃん、ステイ!!」


やや季節外れの赤いマフラーを引っ張られながら、愛にハグしようと迫るその人は、忘れもしない寿木永久子だった。

能力犯罪者として慈島に捕らえられた筈の彼女が何故此処に居るのか。
答えは聞かずとも、概ね察しが付いた。

何せ此処は、FREAK OUTの弾かれ者が集まる場所だ。芥花が彼女をトワちゃんと呼び、他の皆の括りに入れていることから見ても、そういうことなのだと理解出来た。


「えっと、その……色々あって、ね。トワちゃん、うちの所員として働くことになりまして……」

「……心中、御察しします」


自分を殺そうとした相手が第四支部に籍を置いているなど、良い気はしないだろう。
だから、永久子が居ることだけは絶対に知らせるなと言われていたのに、口を滑らせてしまった。

こういうことをしでかすのは嵐垣達だろうと思っていたのに、まさか自分がやらかすとはと芥花は忸怩しながら、犬のリードを持つようにして永久子を傍らに留まらせる。


愛が来ると聞いて、影から見ている心算でいたのだろうが、自分が口を滑らせてしまったので、顔を出して来たのだろう。
何かやらかそうものなら首輪を爆破されるとは分かっているので、流石に愛を襲ったりしないだろうが、興奮した永久子は何をするか分からない。

芥花は、今にも飛び掛からんとする飼い犬を押さえるように、永久子のマフラーを引っ張り、何かあっても即座に対応出来る距離に止め続ける。
その姿から漂う哀愁から、彼が日頃苦労していることが感じられて、愛は心の底から彼を気の毒に思った。


「あぁ〜〜……シローさんに絶対言うなって言われたのに……。というかトワちゃん、暫く自宅待機って言われてたよね?」

「偶々……そう、本当に偶々、事務所に忘れ物を取りに来てましたの。そうしたら偶々、芥花さんがわたくしのことを愛さんに話してしまっていたから、つい」

「厄介な能力ぅ……」

「けど、慈島所長はきっと怒りますわよね……。あぁ、どうしましょう……わたくし、きっとお仕置きされてしまいますわ」

「お、お仕置き……?!」

「めーちゃん?」


其処は食い付く所なのか。

永久子の言い方のせいか妙なイメージを膨らませているらしい愛は、ぶるぶると首を横に振りながら、それは宜しくないと声を上げた。


「そ、それはいけません!永久子さんは偶々……偶々此処に忘れ物取りに来て、うっかり出てきちゃっただけですもんね!うん、仕方ない!この事は私達の秘密ということにしておきましょう!ね?!」

「まぁ……!愛さんったら、なんてお優しいのかしらぁ……っ!」

「え、あぁ……うん……そうだね……」


興奮気味の永久子を踏み止まらせながら、芥花は眼をこれでもかと細くした。

慈島の事となると、愛は可笑しな方向に走りがちになるのは知っていたが、永久子相手でもこうなるとは。相手はかつて自分を殺しに来た殺人鬼だというのに、それでいいのか。


「本当はもっとお話ししていたいけど……わたくし、忘れ物を取りに来ただけですから、今日のところは此処で失礼しますわ。愛さん、また機会があったらお話してくださいね。ゆっくり、みっちりと……ね?」

「そ……うですね……ちょっと色々聞きたいこともあるので……また、改めて」

「うふふ!では、お二人共御機嫌よう!今日のことはわたくし達三人の秘密ですわよー!」


芥花が居るせいか、元々影の中から愛の顔だけ見る心算でいたからか、永久子は影の中に蜻蛉返りして、そのまま何処かへ行ってしまった。

それなら最初から出て来ないでもらいたかったのだが、永久子が此処に居ることで愛が大きなダメージを受けている様子は無いし――と思っていた芥花だったが。


「…………永久子さんと慈島さんって、何かあったりします?」

「いや、マジで無いよ。だからちょっと落ち着いて、めーちゃん。お願い」


あらぬ方へ暴走しつつある愛を見て、改めて芥花は己の行いを悔いた。


本当に何も無い。だからその一触即発ムードを何とかしてくれと、芥花は必死に愛を宥めた。


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