FREAK OUT | ナノ
「けど、うん…………少し、痩せたよね。ご飯、ちゃんと食べてる?」
「食べられる時は、しっかり食べるようにしてます」
「……今日は食べられる時?」
「多分」
「OK。じゃあ今日は、俺の特製惣菜満漢全席だ」
「やったぁ!芥花さんのご飯、久し振りだからすごく嬉しいです!」
芥花は、知っている。愛が今歩いている地獄の手引きをしたのは、他ならぬ自分の母親であることを。
彼女が手を引かなければ――その時は、他の誰かが愛の手を掴んでいたのか。
傷だらけの心を抱えたまま無邪気に笑う愛の顔を見据えながら、芥花は奥の歯を噛み締めた。
(あの子は、生まれながらに普通ではないの。かの”英雄”の血を継いだ時から……彼女の生涯が平穏である訳がない。もし彼女に今日まで一切、覚醒の兆候が見られなかったとしても、よ。侵略区域で”英雄”が消えて、誰もが”新たな英雄”を欲する時代に……彼女のような器が放っておかれたりしないでしょう?)
(悲しいけれど、これは運命なのよ、想平。彼女はこの世に生を受けた時から、力を得て、戦わなければならない運命にあったの。彼女もそれを分かっていたからこそ、自ら此処に踏み込んできたのよ)
”英雄”の娘として生まれた。ただそれだけで、彼女の運命はどうしたって血の道に繋がっているというのか。
この小さな体を削り、心を切り刻まれながら、終わりの見えない屍山血河を往く。それが例え彼女の望みであるとしても、芥花は受け入れたくなかった。
「あとでレシピもらってもいいですか?」
「勿論。次にこっち来る時があったら、一緒に作ろう」
「はい!ふふふ、楽しみだなぁ」
「うん。俺も」
当たり前のように、生きてほしい。
健やかで穏やかな日々の中で、学校に行って、友達と笑い合って、美味しい物を食べて、恋をして――。
今からでも、そんな風に生きてほしいと思った。今だからこそ、強く、そう願った。
たかが料理を作るだけ。そんな些末な約束ですら、叶えられるかも分からない世界に身を置く彼女を憐れむ想いを押し込めて、芥花が小さく微笑む。
その顔を咎めるように睨んでいた眼を、嵐垣は横に滑らせた。
視線の先には、レシピと言えば、先日慈島が教わってきた豆乳スープがとても美味しかったと嬉しそうに語る愛が居る。
「………………」
初めて見た時、こんなチビが本当に”英雄”の娘なのかと思った。
その体は、此処を出た時から更に小さくなってしまったように感じられるのに、今は、疑うことが出来なかった。
彼女は紛れも無く”英雄”の名を継ぐ者だと、そう思わされてしまう。
その眼が、佇まいが、何気ない一挙一動が物語る。此処に居るのは紛れも無く、次代を背負う”新たな英雄”なのだと。
それだけの強さを彼女は手に入れた。自分に見据えられただけで竦み、無力さの前に膝を突くだけだった少女は、もういない。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、果てしなく遠くに思えてしまうのは、そのせいか。
空っぽの拳と共に握り込んだ得体の知れない苛立ち。その名前すら掴めないまま、嵐垣は愛を見据えていた。横から賛夏に声を掛けられるまで。
「不貞腐れるくらいなら、混じってきたらいいと思いますよぉ」
「…………はぁ?!」
何を言われたのか理解するのに一呼吸要した。その一拍の間に吸い込んだ空気を爆発的に吐き出すように、嵐垣は賛夏に食い掛かる。
「お前、誰が不貞腐れてるっつーんだよ!」
「嵐垣さん以外の誰かだと思いますか?この距離感で声かけてるのに」
「蹴り殺すぞ、クソガキ!!」
「どしたの、ガッキー」
「何でもねぇよ!!黙ってろ眼鏡!!」
何に不貞腐れているのか。賛夏は其処まで言わなかった。だのに、ムキになって食い付いてしまった己に腹が立って、嵐垣は逃げるように踵を返した。
気に入らなかったのはそんなことではなかったのに、賛夏の一言で自覚させられた。それが無性に腹立たしくて、嵐垣は破壊せんばかりの勢いでドアを閉める。
派手な音を立てたところで、脳裏に張り付いた彼女の顔は、消えてくれなかった。
「…………クソが」