FREAK OUT | ナノ
「何でテメェが此処にいるんだよ」
「どうも、お久し振りです」
澄まし顔でソファの上に腰掛け、ココアを啜る少女の姿に、嵐垣はこれでもかと眉を顰めた。
「精鋭部隊ジーニアスに御座す”新たな英雄”様が、こんな零細事務所に何の御用ですかって聞いてんだが?」
「今、待機休暇中なんです。少しの間、またお世話になります」
「話が通じねぇ。フリークスのが意思疎通出来るわ」
悪態をついてもまるで堪えない愛に、これでは暖簾に腕押しだと嵐垣は肺の中身を根こそぎ吐き出すような溜め息を吐く。
一挙一動予想通りのリアクションだと、愛の向いでコーヒーを飲んでいた芥花は肩を竦めて笑った。
「いやぁ、まさかこんな早く会えるとは思わなかったよ。言ってくれたらもっとちゃんと御持て成ししたのに」
「すみません、いきなりお邪魔しちゃって」
「ううん、気にしないで。実家に帰ってきたような気持ちでさ、ゆっくりくつろいでってよ。……そんなに落ち着けないだろうけど」
待機休暇中、愛が此方に戻るというのは慈島から聞いていた。
事務所に来ることは無いだろうが、万が一、彼女が此方に来ることがあれば丁重に持て成すようにと言われている。
具体的に言うと、その場に嵐垣や賛夏がいた場合、速やかに撤去せよとのお達しである。
「わざわざボク達の前に顔出すなんてぇ、弱小事務所のしがない能力者御一同を見下しに来てるんですかねぇ〜」
「ハッ。貴重な休暇に相応しい有意義な過ごし方だな」
「ガッキーもざんげくんも、いい加減にしなさい。おやつあげないよ」
「んなもんで釣られる歳だと思ってんじゃねーよ」
この二人には、愛が戻ったことは伝えられていなかった。言えば余計なことをしでかすだろうと慈島が黙っていたのだ。
案の定、巡回から戻ってきた嵐垣と賛夏は憎まれ口をこれでもかと叩いているが、愛が気にしている様子は無い。
「相変らずですね。安心しました」
「何処から目線だコラ」
「上からにもなるよ。ガッキー達、子どもだもん」
「んだと?」
「あはは。なんか、懐かしいなぁ。ついこの間まで此処にいたのに」
たった数ヶ月前のこと。それが果てしなく昔のことに思えるのだと、愛は眼を細める。
その表情も、眼差しも、記憶の中にある彼女のそれと微かに異なる。
たかが数ヶ月の間に、彼女をそうさせたものを芥花は知っている。だからこそ、彼は敢えて核心に触れない言葉を選んだ。
「……めーちゃんは、変わったね」
「あ、大人っぽくなりました?」
「何処が?胸えぐれてんぞ」
「……嵐垣さんのエッチ」
「はぁああ?!」
「ガッキーもお年頃だから許してあげて、めーちゃん」
「ふっざけんなよ!?俺がこんな貧っっ相な体に興味ある訳ねェだろ!!」
「そうやってムキになるところがお年頃なんだよなぁ」
容易く言い負かされた挙句、芥花にからかわれて顔を真っ赤にさせる嵐垣を見るその眼で、彼女は幾つもの惨劇を目の当たりにしてきた。
未来を奪われた子ども達の鉢植え。
”聖女”の庭を襲った大侵攻。
そして、二度目となる”残酷”の来襲。
此処を出たその日から、愛はずっと地獄を歩き続けている。
その凄惨な戦いの日々が、彼女を良くも悪くも変えた。
――少し窶れたような顔の下に、どれだけの傷を抱えているのか。
腹の底から込み上げる悲嘆の声を飲み下し、芥花は努めて上手く笑えるようにと、眉を下げたまま口角を上げた。