FREAK OUT | ナノ
ぬるま湯の中に揺蕩うような心地がした。
母の腕に抱かれた数少ない記憶が呼び覚まされるような温もりが、其処にあった。
縋り付くように身を寄せると、酷く甘い匂いが鼻孔を衝く。本能に直接訴え、脳を蕩かす。甘美な蜜を彷彿とさせる馥郁たる匂い。
無性に喉が渇いて、それに舌を伸ばした。犬が水を飲むように這いつくばって、啜った。
みっともなく、惨めったらしく、醜い姿を曝すことなど厭わず、無我夢中で求めた。
そうやって、この世に生を受けてからずっと餓えていた体が、満たされていくのを感じた。
それでもまだ、まだ足りないのだと貪る。貪る。
(――美味しい?慈島さん)
か細い彼女の脚を掴んで、その、腹の下、に。
「っ!!」
反射的に身を引くと共に、眼が覚めた。その一瞬で、嫌な汗が全身から噴き出し、心臓は今にも破裂しそうな程に鼓動を鳴らし続けている。
何て――何て悍ましい夢を見たのだと吐き気を催した。
自分は、あの子に何をした。
夢の中だからと言って許されることではない。夢に見たからこそ、許されない。
(私は、”新たな英雄”真峰愛。この世界は、私がきっと守ってみせます)
あの時、彼女から嗅ぎ取った匂い。それに中てられたのか、自分の、悍ましい化け物としての本性が顔を出した。
何処までも醜く浅ましい欲望が脳に巣食う。血を啜り、肉を貪り、骨をしゃぶれと、誰かが絶え間なく耳元で囁く。体中の全細胞が、人であることを捨てろと戦慄く。
その気が狂いそうになる程の衝動と焦燥を飲み下したつもりでいたのに――よりによって彼女を、穢した。
「…………どうして」
どうして、自分はこんなにも醜いのか。
人の形を見失った片腕を、人の素振りを続ける片手で握り締める。まるで、辛うじて人であることにしがみ付こうとするように。
その自傷行為にも悔恨にも、何一つとして意味は無い。そんなこと、とっくの昔に理解していた筈だろうと、心の奥に溜まった汚泥が溢れ出る。
(そいつね、化け物の子供なのよ)
人間では無いのだ。
この身も、心も、人のように出来ているだけに過ぎない。
(あんたが悪いのよ、志郎)
(全部ぜーんぶ、化け物のあんたが悪いの)
(あんたが化け物だからいけないの)
化け物だから。
化け物だから。
化け物だから。
化け物だから。
どうしようもなく、どうしたって、どうにもならない。
生まれ落ちたその日から、命を授かったその時から、己は――”怪物”なのだ。
「っ……!」
咆哮を噛み殺すように、異形の腕に歯を立てる。
シーツを濡らしたその血の色は、厭味たらしい程に赤かった。