FREAK OUT | ナノ


声が聴こえる。殺せ。犯せ。喰らえ。衝動のままに、本能のままに、と。

微睡みの淵で耳にする母の囁きのように甘いその声に、少しでも耳を傾けてしまえば、其処から自分を消失する。

無駄な抗いと知りながら耳を塞ぎ、屈葬のように身を縮めて、嵐が過ぎ去るのを待つ。何と惨めで憐れな姿かと、ケムダーは”英雄”の成れ果てを嘲る。


「よく抗うじゃねぇの。流石、堕ちても”英雄”ってか?なぁ、バチカル」


愛娘との再会。それだけを求めて、無数のフリークスに阻まれながら避難区域までやって来たというのに、彼はろくな会話もせずに蜻蛉返りしてきた。

これでは死んだ同胞も報われまいとは微塵も思っていないし、自分的には今回、得たものが多い。だから、これは意趣返しでは無く助言なのだと、ケムダーはバチカルの傍らにしゃがみ込んだ。


「何をしても無駄だってのは分かってんだろ?お前が先代を喰ったその時から、マザーの声が頭ん中でガンガン響いて、人間性をぶっ壊してんだからよ」

「だ、まレ……」

「いい加減、楽になっちまえよ元”英雄”。どうせお前は、もう戻れやしねぇんだからよ」


言われるまでも無いだろう。他ならぬ彼自身が、自分がどうにもならないことを理解している。それでも人間性を手放せずにいるのは、未だに”英雄”として在り続けようとしているのは、往生際が悪いとしか言いようが無い。

ケムダーは蹲るバチカルの角を掴み取ると、その顔を無理に上げさせて、眼前に聳え立つクリフォトを拝ませた。


「人を喰っていようといまいと、お前が化け物であることに変わりねぇんだ。餓えと衝動をフリークスで誤魔化しても、誰もお前を人間とは認めない。お前は”英雄”に戻れないんだよ、バチカル」


風もなくざわめく悪徳の樹が、囁く。

理性を手放せ。道徳を捨てろ。欲しいものを欲しいがままに貪ればいい。
人で在った日の肖像を跡形も無く掻き毟るようなその声に、バチカルは咆哮を上げた。



声が消えてしまう。右も左も分からない闇の中で聴こえた、酷く懐かしい声が。

それはとても、大切なものなのに。それはとても、輝かしいものなのに。


(パパ!!)


もう二度と、あの子には会えない。

この体は、魔物に成り果ててしまったから。

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