FREAK OUT | ナノ


海は、恐ろしく凪いでいる。まるで、あの絶望の地に彼女を誘うかのように、風も無く波も穏やかだ。

無数の化け物共を招き入れておきながら、その上、彼女まで連れていこうというのかと、雪待は水平線を睨み付ける。

その正面には、カストディの護衛として配備されていたアクゼリュスの眷属達が、砂浜と空を埋め尽くさんばかりに犇いている。


「やはり追って来たか、雪待」


彼等の戦闘指揮を任された一体の眷属が、砂浜に鉄塊のような剣を突き立てる。

獣の骨と毛皮を被ったような女型のフリークス。彼女がこの場に於ける最高戦力であり、アクゼリュスの眷属の中に於いても最強格であることは誰の眼にも明らかであった。


「此処から先は、我々が通さん。この軍勢を前に”英雄”の遺児を奪い返せるか?」


此方の戦力は、実質一人。貫田橋と梵はカストディの追跡と能力解除に不可欠。二人が愛の奪還に成功するまで、雪待一人で彼女が率いるフリークスの軍勢を相手取らなければならない。
その数は、目視出来るだけで五十を上回る。ありったけの兵力を此処に集結させたのだろう。ランクは疎らで、頭数稼ぎの雑兵も多く、他の十怪眷属まで見られる。

アクゼリュスがこれだけ必死になっていることを嘲る余裕は、今の雪待には無い。無論、それは敵の戦力に気圧されているからでも、この数相手では苦戦を強いられると思っているからでも無い。


「……今日は死人の顔ばかり見る」


自己嫌悪にも似た響きでそう呟くと同時に、彼の息が白く染まる。

瞬間、世界が凍て付く。忌まわしき海さえ押し止めるように、凄まじい冷気を以て全てが凍り付いた。


「此処から先は通さないと言ったな……それは俺の台詞だ、ジェノサイド」


ジェノサイドと呼ばれた女フリークスの視界に広がる、無数の氷塊。その悉くが眷属達の血肉で赤く濡れては凍り付く、地獄のような景色の中。何よりも冷たい雪待の声が、空を震わせた。


「雪待尋の名に懸けて、お前達にこの海を越えさせはしない。お前ら全員、此処でもう一度死ね」






声が聴こえた。右も左も分からない闇の中で、酷く懐かしい声が聴こえた。


それはとても、大切なもの。それはとても、輝かしいもの。


ああ、けれど。自分は其処に行けない。こんな体じゃ、何処にだって行けやしない。

それなのに――。





夥しい血と、肉と、臓物と、骨。

何かに憑りつかれたようにむしゃぶりついては散らかした。その残骸から顔を逸らすようにして、魔物は空を仰ぐ。



そうだ。

あの子に会いに来たんだった。



異形の骨を踏み砕き、魔物は飛び立つ。
どれだけ喰らっても満たされることのない、その心が叫ぶ方へと。

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