FREAK OUT | ナノ
「な……っ」
振り下ろされた爪が地面に突き刺さると共に、アクゼリュスは幻のように消えた雪待の姿を追って、辺りを見回した。
あの状態で動ける筈が無い。彼には能力を使う余力さえ無かった。だのに、どうしてと狼狽するアクゼリュスの体が真横に吹き飛んだ。
――殴られた。
そのことに気が付くと同時に、腕部に受けた衝撃が全身に拡散した。
「一殺多祥(ラストマーダー)」
足の爪で地面を掴むように踏み止まる。またしても、有り得ないことだとアクゼリュスは歯を食い縛りながら、自分を殴り飛ばした男を睨む。
其処にいたのは雪待同様、夢不知にやられ動けなくなっていた筈の海棠寺だった。
否、彼だけではない。成す術もなく伏していたジーニアスの面々。その悉くが、何事も無かったかのように立ち上がり、体勢を立て直していた。
幻術に掛けていたのは此方だというのに、一体何がどうなっているのかとアクゼリュスが牙を軋らせた、その時だった。
「遅くなり申し訳ございません、雪待様」
「……ああ、最悪のタイミングだ」
声の方へ引っ張られるように顔を向けると、其処にはワープホールから吐き出されるようにして姿を現した雪待と貫田橋。そしてもう一人――此処にいる筈のない男が居た。
「あいつは……」
「ジーニアス副隊長・梵純孝です、アクゼリュス様」
眷属の言葉に顔を顰めながら、アクゼリュスは憎々しげな視線を梵へと向けた。
数日前から潜伏させていた斥候の情報では、吾丹場に遣わされたのはジーニアス第二分隊と、復興任務に就いているドリフトのみの筈だ。
雪待の持ち駒である貫田橋はまだしも、何故此処に副隊長たる梵がいるのか。その答えがアクゼリュスの頭に浮かぶのに、そう時間は掛からなかった。
「演技に熱が入り過ぎじゃないか、雪待。あれだけ演れるなら、俳優に転向しても食っていけるだろうな」
「……あいつか」
FREAK OUTは、日和子の能力で此方の来襲を予見していた。それに備え、雪待達は対・夢不知のマスクまで用意していたのだ。万が一に備えて切り札を隠し持っていても不思議ではない。
例えば、不測の事態に陥り、全員”夢不知”にやられるような状況を想定し、これを解除出来る能力者を何時でも呼び込めるようにする、だとか。
否、それだけではない。此方の来襲を知っていたのなら、狙いが愛であることまで特定出来ていたのなら、カストディの能力対策も兼ねて、能力を無効化する能力を持つ者が控えていても不思議ではない。
――つまり彼等は、自分の能力を食らったところで大した痛手では無かったということ、か。
何処まで虚仮にしてくれるのだとアクゼリュスが怒りに震える中、雪待は上空に銃を向け、氷の弾丸を打ち上げた。頭上から醜い断末魔が聴こえたと思ったのも束の間。下腹部から氷柱に貫かれ、体がひしゃげたアジテイターが落ちてきた。
「……そいつの能力のせいだ」
「成る程。……如月・嘉賀崎間で起きていた騒ぎもコイツの仕業か」
氷が砕け散ると同時に、アジテイターの体が潰れる。まるで人間が落ちてきたシャンデリアの下敷きになったかのような音が辺りに響く中、梵はアクゼリュスに一瞥もくれず、踵を返した。
「行くぞ、雪待。今ならまだ間に合う筈だ」
「……了解」
すかさず、貫田橋が新しいワープホールを作り出す。
あの穴が何処に通じているかなど、考えるまでもない。目下、彼等が成すべきはアクゼリュス討伐ではなく、愛の奪還だ。
「ちょ……待ちなさい!!」
形勢逆転。いや、最初から戦局を支配していたのはあちら側だ。
カストディの明確な座標は特定されていないとはいえ、貫田橋の能力があれば大きく距離を詰めることは可能。今からでも十分追い付けるだろう。梵の能力があれば、カストディの能力も無効化され、愛は用意に回収されてしまう。
それだけは何としてでも阻止しなければと、アクゼリュスは雪待達を追わんと翅を広げ、強く踏み込んだ。
跳躍、飛行。そのまま真っ直ぐに雪待達の追跡をと羽撃いたアクゼリュスであったが、彼女の体は見えない力によって踏み出す直前の状態へと引き戻された。
「時儲け(モラトリアム)」
逆巻の能力が、アクゼリュスの時間を巻き戻す。其処から間髪入れず、控えていた捩尾の能力が発現した。
「螺子止め(スクリューショット)!」
「っ!!」
撃ち出されたネジが、アクゼリュスの脚を貫く。更にネジは自動的に回転し、アクゼリュスの肉を抉りながら彼女と地面を繋ぎ止め、関節の動きをも封じる。
捕縛完了。今度は此方が捕らえる側だと、第二分隊一同はアクゼリュスを囲む。
「悪いが、貴様の相手は我々だ」
アクゼリュスは、雪待以外など雑兵も同然と見向きもしなかったが、此処にいるのはFREAK OUTが誇る精鋭部隊・ジーニアスだ。”帝京最強”に非ずとも侮る勿れと、邦守はアクゼリュスを前に啖呵を切った。
「何が目的か知らんが、真峰は俺達の希望だ。お前ら化け物には、決して渡さん!!」
「……鬱っ陶しいわねぇ、ホント…………」
此処に来て、一層苛立つことをしてくれるなと舌打ちしながら、アクゼリュスはネジに貫かれた脚を引き千切った。たかが脚の一本二本、すぐに再生出来る。この程度では捕縛の内に入りはしない。
どいつもこいつも侮るなと言う顔をしているが、それは此方の台詞だ。
――精鋭部隊如きが、十怪を舐めるな。
アクゼリュスは怒りに翅を戦慄かせながら、しかし、恐ろしく冷静に鉄槌を振り翳す。
「インシステント、トライフル。こいつらの相手をしてやりなさい」
「「御意」」