FREAK OUT | ナノ


一瞬の出来事だった。父の幻影を食い破るようにして現れた無数の手に搦め取られ、息つく間もなく、引き摺り込まれた。

其処で愛の意識は途絶えた。故に、彼女に知る由は無かった。自分が、フリークスの体内に捕えられたということを。


「よくやったわ、カストディ」


目測二メートル超。観音開きにした肉、或いは、血肉で出来た箪笥のようなそれが、愛を捕えたフリークス・カストディだ。

くすんだオレンジ色の体に、短い手足。頭部は確認出来ないが、目玉が左右の側面に三つ、前の縁に二つ付いている。
そして愛を呑み込んだ箪笥の戸に似た縦割れの大きな口。胴体部がイコール頭部と見ていいだろう。この醜い化け物に、雪待は覚えがあった。あれは、アクゼリュスの眷属だ。


「そ、そんな……!」

「どうしてアクゼリュスが……いや、どうしてアクゼリュスの能力が!」


何時の間に侵入を許したのか。そんなことを考える者は一人としていなかった。状況を見れば、疑うべきが己の眼ではないことは明白であった。

最初から、何もかもが幻だったのだ。突如として現れた徹雄の幻影だけでは無い。静か過ぎる街も、着けていた筈のマスクも、自分達が定めた巡回ルートも、昨夜の悪夢さえも。全てが彼女の能力――夢不知(インソムニア)に因るものだった。


だからこそ、一同は理解出来なかった。


何時の間にアクゼリュスの能力を食らったというのか。彼女の鱗粉を嗅いだ記憶は無い。そも、夢不知の射程圏内に彼女がいたというのに、誰一人としてこれを感知出来ずにいたなど有り得ない。

一体何時何処で、如何にして自分達は彼女の術中に嵌ったのか――。

酷く痛む頭を抱えながら、アクゼリュスを睥睨していた雪待は、彼女の背後に佇む白い影に眼を向けた。


「…………あいつか」


喩うならそれは、白紙の短冊を纏った蓑虫だった。その全身は無数の紙に覆われ、露出した六本の腕は甲虫の蛹のように折り畳まれている。芋虫の上体で出来た下半身は丸い足を頻りに動かし、まるで別の生き物を繋ぎ合わせたかのようだ。

このフリークス――ラヴィッシュは、アクゼリュスの眷属では無い。あれは、十怪・ツァーカブの眷属だ。


「それではアクゼリュス様、私はこれにて」

「えぇ……。あの女に伝えておきなさい。あんたの眷属は役に立った、ってね」


恭しく礼をするや、ラヴィッシュは下半身で地面を叩き付けるように跳躍して、上空へと消えた。それと同時に、一同は思い出した。何時の間になど、考えるまでもない。アクゼリュスは昨晩、日付が変わる頃には吾丹場に降り立っていたのだ、と。


「まさか、ラヴィッシュが来るとは……」

「最悪の組み合わせだわ……よりによって、記憶を消す能力を持つフリークスと手を組むなんて」


ラヴィッシュの能力は、白紙返り(アムネシア)。その名の通り、記憶を白紙に戻す能力である。

白紙化する記憶が限定される程、対象人数や持続力、効果が強くなる。
例えば、アクゼリュスの存在そのものを忘れさせるより、アクゼリュスが吾丹場に降り立ったことを忘れさせる。この場合、後者の方が強く作用する為、相手は「何か忘れている気がする」という意識を持つことさえ出来なくなる。
故に、雪待達はすぐ近くにアクゼリュスが潜んでいる状態でも、漠然とした不安を覚えることしか出来ずにいたのである。

ラヴィッシュの能力は、対象が白紙化された記憶に繋がるものを眼にすることで効果が薄れる。故に、アクゼリュスは眼に映らぬ極微量の鱗粉を長い時間をかけて散布し、一同の脳を侵した。その間に眷属達を侵入させ、全ての準備を整えたところで、ターゲットを捕縛。

あの女――ツァーカブに借りを作るのは癪だが、糜爛した心は揃いも揃って間抜け顔を曝すジーニアス達によって幾分癒された。後は、眩んだ頭を抱えたあの男を完膚なきまでに叩きのめすだけだと、アクゼリュスは打ち笑む。


「カストディ、アンタも侵略区域(ホーム)に帰還しなさい」

「はっ」


”帝京最強の男”は、既に手の平の上。もぎ取るのも握り潰すのも、此方の気の向くまま。こうなっては蚊蜻蛉同然だ。


嗚呼、なんと快哉とする光景か!

あの雪待尋が真っ直ぐ立つことさえままならないとは、肌が粟立つ程に昂ぶる光景だ。性的快楽さえ凌駕する絶頂に翅を震わせながら、アクゼリュスは雪待の眼の前へと跳躍した。


当然、迎撃せんと雪待が銃を手に取る。その瞬間。アクゼリュスの姿は、彼が今最も目にしたくない人物のそれへと変化した。


「うふふふ。そんな怖い顔しなくても、あの子は食べたりしないわよ」


瞋恚と憎悪に歯を食い縛る雪待を見下ろしながら、アクゼリュスは嗤う。彼の眼に映る真峰華の顔を歪めるように。


「貴、様ぁああああ!!」

「アハハハハ!!ねぇ、今どんな気持ち?!大事な”英雄二世”を奪われた挙句、この顔に嗤われる気分は!!」


膝に力を込めて何とか立ち上がろうとする雪待を軽く蹴り飛ばし、アクゼリュスは呵々大笑と声を上げる。

自慢の翅をもがれた時からずっと、この時を待ち望んでいた。雪待にこれ以上とない屈辱と絶望を与え、丹念に肉を削ぎ落としていくように蹂躙する、この時を。

不様に繕った翅に付いた目玉までも細めて、アクゼリュスは惨めに伏せる雪待を嘲る。


「あの時と同じねぇ。五年前のように、アンタはまた”英雄”を見殺しにするんだわ」

「黙れ」

「ねぇ、あのことちゃんと二世には話してあげてるの?五年前、どうして父親が侵略区域に消えたのか!」

「黙れ」

「何なら、私があの子に教えてあげるわよ?言い難いでしょう、自分のせいで”英雄”が消えたなんて!」

「黙れぇええええ!!」


地に伏せ、喉が張り裂けんばかりに吼え立てる。首を断ち切られまいと抗う、繋がれた犬を見ているようで胸が躍る。


さぁ、手足を切り落とそう。不様に這いつくばる虫のようにした後で、ありとあらゆる絶望を囁いて、心を砕こう。


快哉と嗤いながら、アクゼリュスが腕を振り翳す。その手に生えた鋭利な爪が、銃持つ腕を切り落とさんと光る。揃いも揃って幻覚に脅かされ、誰も手出し出来ない。雪待尋は、此処で終わりだ――。

その確信は、彼の姿と共に消えた。

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