FREAK OUT | ナノ
巡回開始から一時間が経つ。依然、吾丹場は不気味な程に凪いでいた。まるで、張り詰めっぱなしの自分達を嘲笑うかのように。
「それにしても、静かだな」
「あぁ……静か過ぎるくらいにな」
大侵攻で廃墟の群れと化した市街地には、死の匂いに集る鳥の影すら見当たらない。天変地異の前触れかのように、あらゆるものが此処から遠ざかっているかのような静けさ。
この終着点は何処にあるのか。まるで迷路の中にいるような気分だと、ここ数日ですっかり見慣れた道を、定められたルート通りになぞっていく。
「あの女が単騎で攻めてくるとは考え難い。斥候も先遣も無しに乗り込んで来るとは思えないが……」
此方を精神的に消耗させるのが目的か。はたまた、何かのタイミングを狙っているのか。狡猾なあの女のことだ。新たな策を用意している可能性は大いに在り得る。
それが何なのか。その答えを早々に割り出さなければと雪待の胸に焦りが積もる中、愛の眼が一つの影を捉えた。
「…………師匠、あれ」
それは、人だった。此方に向かって歩いてくる、誰かだった。
誰もいないこの街で、たった一人。その人は、黒いコートを靡かせながら瓦礫の合間を闊歩する。
一歩、また一歩と近付く毎に、その姿が詳らかになっていく。やがて、それが何者であるのかを理解出来る距離に至ったところで、誰もが息を呑み込んだ。
「う……そ…………」
悪い夢だった。
ずっとその人を待ち侘びていたのに。ずっとその人を信じ続けてきたのに。それは、悪い夢でしかなかった。
「久し振りだな、愛」
何一つとして変わることのない笑顔も、泣きたくなるほど懐かしい声も。その何もかもが、絶望だった。
「ずっと、お前に会いたかった」
人類最悪の日、彼は現れる。世界の破滅は、とうに始まっていたのだと告げるように。
「…………パパ、」
其処にいたのは、真峰徹雄その人だった。
あの日、絶望の地に呑まれた時と何一つとして変わらない、”英雄”真峰徹雄が――雪待の叫び声と共に、消えた。
「近寄るな、愛!!」
「――幽囚の美(ダムレズインディストレス)」