FREAK OUT | ナノ


「嫌な天気ねぇ。雨が降るんだか降らないんだか……こういう天気が一番困るのよね」


ミーティングを終えた第二分隊一同は、これまで通り吾丹場市内巡回を行っていた。

いつ何処で戦闘が始まっても良いように技術部開発のマスクを装着し、本部、或いは市内各地を見張るドリフトからの報告を待ちつつ、アクゼリュスやその眷属が潜んでいないかと、つぶさに各地を散策していく。


時刻は午前十時を過ぎた。未だ、アクゼリュス及びその眷属は発見されていない。街も空も海も、悍ましい程に静かだ。

この静寂が何時引き裂かれるのかと警戒しながら進める足は、酷く重い。まるで溶けた鉛が纏わり付いているかのような不安。そんな心象を映したような暗雲が底気味悪いと言う海棠寺の隣で、逆巻が顔を顰めて頷く。


「何時アクゼリュスが飛んでくるかも分からないと思うと、殊更不気味に見えるものだな。視界が悪いのも実に気色が悪い」

「ねーっ。全く、来るならさっさと来いってのよ。朝から張り詰めっぱなしで疲れちゃうわ」

「しかし、本当に来るんでしょうか……アクゼリュス」

「未来が変わったなら、神室日和子が感知している。向こうから何の報告も無いということは、そういうことだ」


アクゼリュスの目的は十中八九、愛だ。彼女を無力化する為の人質確保に失敗した以上、アクゼリュスが他の場所に赴く可能性は低い。日和子の予知通り、今日此処に災厄の枝が降り立つことは間違いない。

それがどれだけ後のことになるかは分からない。だからこそ、今此処でと、雪待は数歩前を行く愛を引き止めた。


「ところで愛、一ついいか」

「はい。……どうしたんですか、改まって」


必要なことは全て、昨日の内に頭に叩き込んだ。今朝のミーティングで再確認も済ませた。その上で、今になって改まって話すようなことがあっただろうかと首を傾げる愛の前で、雪待はコートのポケットに突っ込んでいた手を差し出した。


「……戦いが始まる前に、お前にこれを預けておく」

「……銃弾、ですか」

「ああ。……俺が持っている銃の弾だ」


雪待が愛に手渡したのは、二発分の弾丸だった。

彼が普段使っているリボルバーに、弾は込められていない。雪待はこれを能力の照準器として使っている為だ。その上で、彼がモデルガンでもエアガンでも無く、実銃を携帯しているのには理由がある。――自決の為だ。


以前、愛は彼に尋ねた。殆ど使う機会など無いだろうに、何故、実銃を持ち歩いているのかと。それに対し、雪待は答えた。もし、自分が命を落とすようなことがあった時に、自ら命を絶つ為だ、と。

雪待は”帝京最強の男”だ。彼が息絶え、万が一”発芽”が起きてしまったら、最恐のフリークスが誕生するのは自明の理。だから雪待は、自らの死が避けられないと判断した時、脳を破壊して自決出来るようにと拳銃を持ち歩いている。

最悪、自分以外の誰かが引き鉄を引いてくれれば、それでいい。だから実銃を使い、懐に常に弾丸を潜ませているのだと彼は語った。


――その弾丸を、何故自分に手渡したのか。


戸惑う愛の瞳を真っ直ぐに見据えながら、雪待は告げる。聞く者の心を引き千切る程に静かな声で。


「この先、俺を撃つべきだと判断するようなことがあったなら、その弾を使え。……如何なる状況であろうと、俺はそれを受け入れる」

「な……っ!」

「お前には、その権利がある。……言っただろう。この命も、この体も、俺という全て使い果たせ、と」


雪待の中に希死念慮は無い。死ねばいっそ楽になれると幾度となく想いながら、死して償えるものなど無いと、生き恥を曝して此処まで歩み続けた。

この命ある限り、自分には果たすべき使命がある。それを成し遂げるまでは、この身を死に委ねることを許すことは出来ない。それでも彼女になら、今この瞬間にでも殺されても構わない。自分が死に値すると思ったのなら、躊躇わず弾を込め、引き鉄に指をかけてほしい。

この世でただ一人、彼女だけに委ねる生殺与奪の権利。それがこの弾丸なのだと、雪待は愛の手を握り込む。


「俺が過ったその時は、迷わず弾を装填して、引き鉄を引け。……お前が俺を殺せるように、俺はお前を守り抜こう」


どうしてそんなことを言うのか。言い掛けて口籠った愛は、手の中の弾を見つめる。


此処に込められているのは、雪待の覚悟だ。この先何があろうと、命を賭して愛を守るという、彼の決意表明。

重過ぎる。ちっぽけな手の平に納まる程度の物に、雪待尋という男の全てが込められていつのだ。地平線の彼方目掛けて投げ捨ててしまいたくなる程に、重い。

だからこそ、これは自分が持っていなければならないのだと、愛は弾丸を握る拳を胸に当てた。


「…………私が過ったその時は、同じようにしてくれますか?」

「……ああ。約束しよう」


彼が、酷く嬉しそうに笑うのが悲しかった。

その笑い方が、自分で自分を許すことの出来ない人が、常に罰を欲している人がするものであることを、愛は知っていたからだ。


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