FREAK OUT | ナノ


アクゼリュス来襲、当日。吾丹場市は緊迫の朝を迎えた。


「どうですかぁ、クニさん」

「現状、吾丹場市内及び周辺市街に異常無し……不気味な程に静かだ」

「ふぁあ……。結局、巫女様の予知に追加情報来なかったですね。時間帯くらい特定してくれればもっと寝れたのに」


アクゼリュスの狙いが愛であることは第二分隊メンバーに通達されている。無論、愛当人を除いて。
故に、戦場になるのは間違いなく此処、吾丹場だ。一分後、一秒後には、十怪との戦いになるかもしれないと気を張り続けているが、静寂は嫌という程に長く続く。

普段願ってやまない筈の平穏が、今は恐ろしく不気味で嫌になる。お陰でろくに寝付けなかったと欠伸する捩尾の横で、邦守は支給レーションを齧る。


「日和子様の予知が発動しないということは、対アクゼリュスに備えた時点で此方の敗北は回避出来たということか……或いは、次の運命的特異点が近いのか」

「一難去ってまた一難……カイツールの時と同じですねぇ」


神室の巫女達は、間近に迫る未来をその都度予知している、とは少し異なる。


彼女達は代々、フリークス根絶という未来予知を行い、その過程で発生するマイナスファクターを感知している。今回アクゼリュス来襲が予知されたのは、これが人類敗北の未来に繋がる要因であるからだ。FREAK OUTではこれを運命的特異点と呼んでいる。

これを排斥せんとFREAK OUT側が動いたことで運命は変動し、人類は再びフリークス根絶のルートを辿る。その先にある次の運命的特異点がより一層脅威であるのなら、”FREAK OUTの眼”は其方を視る。

犠牲を出さぬよう、最低限のリスクで勝利を得ようと、未来の形をよりはっきりとさせることは可能だ。だが、予知は巫女の体に強い負担をかける。安易に乱発出来るものではない。
故に、アクゼリュスが何時何処に現れるのかまで特定することは放棄され、ジーニアス第二分隊はどれだけの犠牲を支払うことになるかも分からぬ戦いを強いられることとなった。


いつものことだ。そう割り切れる程度に、彼等は場数を踏んでいる。それでも、遣り切れない想いはあるのだと、捩尾は向かい風に眼を細めながら、吾丹場市の残骸を眺める。


「そういえば、あの大侵攻は何で予知されなかったんですかね。十怪三体の襲撃、吾丹場の潰滅……FREAK OUTにとってこれ以上とない脅威だと思うんですけど」

「……一番有り得るのは、あれがフリークス根絶の未来に必要なファクターだった、だな」

「……どういうことです?」


先の大侵攻でFREAK OUTが受けたダメージは甚大だ。第五支部所長・副所長を始め、多くの所員を失い、他支部でも数多の死傷者が出た。市民の犠牲はその倍以上。市街地の損傷も著しく、カイツール討伐という成果が無ければ、FREAK OUTは未だかつてない批難を浴びることになっていただろう。

あの大侵攻が予知されていたのなら、吾丹場が潰滅することは無かっただろうし、カイツール以外の十怪を討伐出来ていた可能性だってある。だのに、”FREAK OUTの眼”は何故、あれ程の脅威を見過ごしたのか。その答えは、あれが望まれる未来に必要な事柄であるからに他ならないと、邦守は眉を顰める。


「あの大侵攻で、此方側が得たものがあるとすれば、何だと思う?」

「あれだけの損失に相応するだけのもの、ってことですよね?そんなものがあるとは思えないんですがね…………ただ一つを除いて」


其処まで言われれば、自ずと答えは出ると捩尾は向こうに眼を遣った。

背筋を伸ばし、アクゼリュス来襲に備える小さな体。あの惨禍を生き残り、ジーニアスに上り詰めた者。カイツール討伐によって、名実共に”新たな英雄”となった少女――真峰愛。
多くのものを失ったあの惨憺たる戦いで、人類が得たものと言えば、彼女の成長。それに限られた。


「仮に大侵攻が予知されていたのなら、FREAK OUTが誇る最大戦力が吾丹場に集められていただろう。そうなった場合、彼女がカイツールと戦う可能性は限りなく低い」

「じゃあアレは、愛ちゃんがカイツールと戦って成長する為に必要だったってことですか?」

「……あくまで推察だが、な」


あの惨劇に意味があるとすれば、それはフリークス根絶の未来に必要な”新たな英雄”を作り上げる為に他ならない。

命を落としたもの、打ち壊されたもの。それらは全て、勝利の礎となり、希望の贄となる必要があった。だから、此処にいたものは見捨てられた。そして今日も、誰かが未来の為に、運命の歯車に轢き砕かれる。

それを分かっていながら、誰も手を差し伸べてはくれない。どれだけ懸命に戦おうと、望まれる未来に必要不可欠な存在でなければ切り捨てられる。その死が未来を導くものであるのなら、見殺しにされる。


「今回、アクゼリュスの襲撃が予知されたのは、これが人類の勝利と敗北を分ける分岐点であるが故。その先が視えないのは、既に次の運命的特異点までの道が約束されているが故。どれだけの犠牲が出ることになろうと、それがこの先の運命を覆すことは無い……そう決定付けられているから、上層部もこれ以上の予知を断念したのだろう。”FREAK OUTの眼”には限りがある……無駄遣いは出来ないからな」

「今度は、俺達が切り捨てられるかもってことですか」


それでも人は、戦えと言う。未来の為に、人々の為に、世界の為に。最期まで高潔な戦士であれと当たり前のように吐き捨てる。


人類が辿り着くべき未来に、その価値があることは分かっている。

誰もフリークスに怯えず、誰も能力者として戦わず、ただただ平穏な過ごす。それは、どれだけの犠牲を払ってでも手に入れるべきものだ。


頭では理解している。だが、どうしようもなく心が叫ぶのだ。何故、自分が死ななければならないのか。その未来に自分はいないのに、自分が戦う意味はあるのかと。

捩尾は前髪をぐしゃりと握りながら、悲痛な声で笑った。


「いやだなぁ。誰かの為じゃなく、大義の為に死ぬなんて。俺、其処まで人間出来てないんですよ」

「……まだ死ぬと決まった訳じゃない。そう悲観的になるな」


曲がった背を強く叩き、邦守は捩尾の顔の前にレーションを差し出した。

緊張からか、彼が何も口にしていないのは知っていた。とても食事を摂る気分になれないかもしれないが、無理にでも食べなければ落とさずに済んだ命も取り零す。

明日の朝陽を眼にしたいと願うなら、今日を生きる他に無い。その為に、出来ることは全てやるべきだと邦守はもう一度、彼の背を叩いた。


「次の運命にしがみ付け、捩尾。お前の力は、この先の未来に必要だ」

「……参っちゃうなぁ。そういうこと言われると俺、嫌でも頑張らなきゃいけないじゃないですかぁ」


受け取ったレーションを大口で齧りながら、捩尾は空を見上げる。

願わくば、この鬱然とするような曇天に光が射し込む瞬間を拝めるようにと。そう祈りを込めて。


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