FREAK OUT | ナノ
それから三日。新たに壁一面を飾るFREAK OUT会報誌を前に、蘭原は盛大に眉を顰めた。
「『真峰愛、ジーニアス入隊決定。”帝京最強の男”雪待尋が戦術顧問として着任』……か」
先の活躍を受け、飛ぶ鳥を落とす勢いでジーニアス入隊が決まった愛のことでRAISEは持ち切りだ。
掲示板という掲示板にこの会報誌が貼られ、訓練生も教官も、彼女の話で盛り上がっている。
この空気を当然、良く思っていない蘭原であったが、このくらいで癇癪を起こしたりはしないと懸命に涼しい顔をしてみせている辺り、ようやく彼の内面も成長してきたらしい。
「ふ、ふん。俺のライバルを名乗るなら、こ、これくらいしてくれないとな…………」
「いや流石にやべーって思うぞ、これは」
「つか蘭原さんが真峰のライバル自称してるだけじゃ」
それでも、余計な事は言わなくていいと蘭原は貴船に飛び蹴りを喰らわせた。
攻撃が飛んでくると分かって、すかさず距離を取るくらいなら、最初から言わなければいいものをと、猫吉が眼を細くする。その横で、彩葉は指村からもらった会報誌のコピーを手に大はしゃぎしていた。
「すごいねぇ、愛ちゃん。雪待尋って、あの雪待尋でしょ?すごいなぁ、すごいなぁ」
「語彙力」
ジーニアス入隊に加え、かの”帝京最強の男”が戦術顧問として就くことに興奮しているらしい。子供のように、すごいすごいと連呼しながら、彩葉は一面を飾る愛の写真を見つめる。
「私も頑張らなくちゃ……。愛ちゃんと次に会えた時、ちょっとでも胸を張れるように、もっともっと努力しないと」
「胸を張る、ねぇ……」
「オイ、昴」
「ういっす、サーセン」
蘭原に睨まれると同時に、糊塗部が彩葉の胸元から視線を逸らす。
彩葉は何のことだかさっぱり理解していないようだが、自分の眼の黒い内は、彼女に手出しはさせないと蘭原は糊塗部を遠ざけるように彼女の隣に割り込んだ。
未だ、彼は彩葉に向ける感情が恋慕の類であることを認めてはいない。それはこれからも、変わることはないだろう。
自分は能力者の中の能力者。何れこの帝京を背負って立つ男、蘭原琢也。そして彼女は、必死に抗わなければ強くなれない落ちこぼれ、綾野井彩葉。
二人の道は交差しないし、してはならない。強者には強者の、弱者には弱者の成すべきことがある。前者として生まれた自分は、その使命を成し遂げなければならない。故に、彩葉と同じ場所に向かうことは許されない。
彼女に報いるのは、此処にいる残り僅かな時間と、何時か何処かで彼女が自分の力を必要とした時だけだと、蘭原は此方を見上げる彩葉を見下ろす。
「まぁ、精々頑張ることだな。雑魚は雑魚の範疇を出ないだろうけどな」
「そんな風に言われたって、頑張るもん」
「も……」
気合い満々と言った様子で、両の拳を握って力んでみせた彩葉の言葉に、蘭原は眩暈を覚えた。
――もんって。もんって何だ。あと、そのポーズ。
不覚にも高鳴った胸を押さえ、蘭原は僅かに身を屈める。
こんなものに負けてなどいない。屈してなどいない。そう言い聞かせるように音を立てる心臓を殴り付ける蘭原のことなど露知らず、彩葉は会報誌を手に、笑みを咲かせる。
「一緒に頑張ろうね、琢也くん」
――だから、まずは俺のことを名前で呼べ。
そう告げたあの日から、強くなる想いを胸に押し込めながら、蘭原は顔を上げる。
「…………おう」
叶わなくていい。だからどうか、もう少しだけ傍にいてくれと、そんな願いを握り潰す。
その日が来る時とすれば、それは自分が”英雄”を超えた時だけだと。