FREAK OUT | ナノ
ベッドの中で彩葉の体が跳ねるのが、指村には手に取るように分かった。
故に、躊躇ない足取りで医務室に上がり込んできた彼を、何としても止めなければと、指村は彼の前に立ちはだかる。
「どうしたのノックもせずに――」
が、蘭原は指村のことなど眼に入っていないと言わんばかりに突き進み、ベッドを覆うカーテンを乱暴にかっ開いた。
中の彩葉は、布団を手繰り寄せ、追い詰められた獣のように震えている。見開かれた瞳に恐怖を湛え、今にも泣き出しそうなその顔を見据えながら、蘭原はベッドに土足で乗り上げ、彩葉の胸倉を掴み上げた。
「ちょ、ちょっと蘭原くん!!」
慌てて指村が引き剥がそうとするが、蘭原は構うことなく、彩葉だけを見つめる。
彼女がどれだけ眼を逸らそうと、此処にいない者を見ていようと、逃がしてなどやらないと言うように。蘭原は彩葉の瞳の奥底を射抜くような眼差しで、彼女に情け容赦の無い言葉を突き立てる。
「俺は、お前みたいな奴が反吐が出る程嫌いだ」
彩葉の血が凍り付く音が聴こえた気がした。それを、分かっていたことだと無理に飲み下しながら、蘭原は続ける。
彼女がどれだけ傷付こうが、知ったことではない。この言葉を掛けないことには何も始まらないのだと、蘭原は言葉を選ばず、思うがままを彼女にぶつける。
「弱くて、暗くて、いつもオドオドして、見ているだけでイライラする。お前みたいな奴が能力者であること自体気に入らない」
「蘭原くん!!」
これ以上の狼藉は許しておけないと、指村が肩を強く引く。それさえ力任せに振り払って、蘭原は彩葉を見据える。
許してくれなんて、死んでも言わない。謝罪なんて間違ってもしない。それでも、これだけは聞いてほしいのだと、蘭原は祈るような声色で告げる。
「――だから、俺に怯えるのを止めろ」
「…………え」
恐怖に彩られていた彩葉の眼が、僅かに揺らぐ。
彼の言葉の意味を掴みあぐねているのか。恐怖の余り、上手く聞き取ることが出来なかったのかと疑るような眼を前に、蘭原は彩葉の服を握る手を離し、今度は両の手で彼女の肩を掴んだ。より強く、より深く、自分の言葉が彼女に届くようにと。
「俺の前でビクビクするな。俺の顔色を窺うな。俺がキレたくらいで吐くな。お前はもっと堂々としていろ!お前の大好きな真峰みたいに!」
償ったところで、贖ったところで、彼女の傷が癒えることなど無い。自分は生涯消えることのない痛みを、彼女に植え付けた。
ならば、自分に出来ることはただ一つ。強く在ろうと願う彼女の背中を押すことだけだと、蘭原は改めて誓う。これまでに贖うことが出来ずとも、これからに尽くしていくことを。
「俺はもう、お前のことを虐げない。あいつらにも、何もさせない。だから――……」
己のちっぽけなプライドをかなぐり捨て、最後の言葉を口にしようとした蘭原は、彩葉の顔を見て硬直した。
怯えの消えた筈のその顔が、これまで以上の土気色に染まっている。そして嫌に膨らんだその頬は――と、仰け反った瞬間。彩葉は堪え切れず、布団の上に胃液を吐き出した。
「お、えぇええ……っ」
「な……何でまた吐いてるんだ綾野井ぃいーーーー!!」
「ご、ごめんなさ……うぶぇえっ」
「ぎゃぁああーーー!!お、俺のジャージに吐くなぁああ!!」
その様子を唖然と見ている指村の後ろで、開けっ放しの扉から顔を出した猫吉が、何がどうなっているのかと眼と口を開けた。
誰が見ても、何一つとして分かることは無いだろう。当の蘭原と彩葉にも、良く分かっていないのだ。自分達が思うより、ほんの少し希望があったこと以外。