FREAK OUT | ナノ


強くなりたいと思った。

こんな自分でも必要としてくれる人がいるのなら、彼女のようにはなれずとも、心だけは彼女のように在りたいと、そう願った。


(……本当に、それでいいの?)

(諦めて、立ち止まって、仕方ないって片付けて……貴方は、本当にそれでいいの?)


自分の力無さを嘆くだけの日々に、彼女は終止符をくれた。

弱さ故に全てを諦めるのではなく、弱いからこそ死にもの狂いで強くなるべきなのだと、誰よりも強い彼女の言葉は、今も胸の中で息衝いている。

(私、ずっと後ろめたかったの。何の力も使えなくて、弱くて、役立たずで……だから、誰に何を言われても仕方ないって思ってた。馬鹿にされるのも、嫌がらせされるのも……私が悪いんだって、そう諦めてたの。でもね……色々あって、その考えが変わったの。弱い自分が嫌なら、変えていこう。こんな私でも、死ぬほど頑張ったらきっと……憧れの人みたいになれる筈だから、って。だから私、嫌な事から逃げ出して、一人で膝を抱えて、誰か助けてって泣いたりしないよう強くなるんだって……そう決めたの)


変わりたい。そう想いながら、どうせ無理だと諦めた自分の手を引いて、彼女は道を示してくれた。

その恩に報いたくて、険しい道を行く彼女の背中を追いかけるように、強くなろうと心に決めた。だが、自分は思っていたより変われていなかったのだと、彩葉は医務室のベッドで身を丸めた。


愛が此処を経つ前から、蘭原とは何度か班実習を共にしてきた。
その度に彼は、真剣に自分の運用を模索し、己の能力や周囲の環境に合わせて立ち回りを指示し、時に自分の意見にも耳を傾けてくれた。

だから、蘭原に怯えることを止めて、真っ直ぐに彼と向き合おうとした。


彼が自分を虐げたのは、能力も、フィジカルも、何より、その心が脆弱であったからだ。

能力者の血を引くことに誇りを持ち、能力者として戦う為に日々努力を惜しまない彼が、自分を見て苛立ちを覚えるのも無理はない。

大事なのは、強く在ろうとすることだった。事実、愛の影響を受けて訓練に励むようになってから、蘭原は自分を甚振ることを止めてくれた。


――それで、安心してしまったのが悪かったのだろうか。


(俺の前で、二度と真峰の話をするな!!)


彼の逆鱗に触れてしまった。慢心していたせいか。自分も少しは強くなれたかもしれないなんて驕っていたせいか。取り返しの付かないことをしてしまった。

あれだけの剣幕で怒る蘭原を見たのは初めてで、彩葉はただただ恐ろしかった。


明日から、また彼等に嬲られる日々に逆戻りになるかもしれない。もう此処には愛はいないのに、自分一人で彼等に立ち向かうことが出来るのだろうか。

蘭原に怒鳴り付けられただけで嘔吐し、倒れ込んだ自分に、あの地獄の日々と対峙することなど――。


「う…………」


想像して、胃の奥が軋んだ。もう吐き出せる物は何も無いのに、楽になりたくて体が嘔吐く。
そうしていると自分の弱さが骨身に染みて、涙が出る。どうして強く在れないのか。どうして変わることが出来ないのかと、不甲斐なさで死んでしまいたくなる。

彼女なら、何度だって立ち向かってやると言ってみせるに違いないのに。だのに、自分は。


布団の中で身を丸めながら、このまま消えてしまえたらいいのにと彩葉は強く眼を瞑る。その様子を、指村はカーテン越しに眺めていた。

彩葉に何と声を掛けたらいいのか分からなくて、彼女を医務室に運び込んでからずっと、こうしているだけで時間が過ぎていく。それがもどかしくて、せめて一言と思いながら、その一言が選べなくて、また時間が過ぎる。


こうなってしまったのも、蘭原達を止められなかった自分の責任だ。

彼等は聡く、自分達にとって脅威に成り得る教官の前では彩葉を嬲らず、そうでない教官相手ではまともに話を聞こうとすらしない。
詰まる所、自分が舐められているのが彩葉の地獄を生み出したと言っても過言ではない。


自分がもっとしっかりしていれば、威厳ある教官として振る舞うことが出来ていれば、上手く立ち回れていれば、蘭原達を止められていたかもしれないのに、愛が全てを解決してくれるまで、自分は狼狽えていただけだ。

そして今も、自分は何も出来ずに佇んでいる。


こんな調子で、彼女の代理など務まる筈が無いのに――。


そう呟きかけた口を閉じる為、指村は強く歯を食い縛った。

彼女の姿を追い求めてはいけない。これからは、自分が彼女に代わって子供達を育て、導いていかなければならないのだから。自分で考えて、自分で何とかしていかなければ、新しい悲劇を生むだけだ。


兎に角、何としても彩葉を立ち直らせ、今度こそ蘭原の横暴を止めなければ。それが、教官として自分がすべきことだと指村は強く拳を握り固める。

蘭原が医務室の扉を勢い良く開け放ってきたのは、それと同時だった。


「ら、蘭原くん?!」


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