FREAK OUT | ナノ
「……≪芽≫ともなれば、それなりに物を知っているようだな」
吐き捨てた煙草を踏み潰しながら、慈島はクラフィティーを挑発するような口ぶりで呟いた。それが、此方をけしかける為の言葉である事は、その小賢しさで発芽に至ったクラフィティーには十分呑み込めた。
「ならば当然……お前程度じゃ俺に勝てないことも分かっているんだろうな」
「ヒヒヒ、そうだな。今の俺じゃ、お前に勝つのはムリだ……だが!」
故に、クラフィティーの次の行動は早かった。
言い終えるより先に、壁に張り付いた体の色を変色させ、クラフィティーはその姿を再び眩ませた。
敵の実力を量り、直感的に不可能だと思ったのならば、意地など捨てて逃げ隠れる。そして相手を欺き、逃れ、潜み、人を喰らう。そうして力を蓄えれば――≪芽≫は≪蕾≫となり、いつか≪花≫開く。屈辱は、その時晴らせばいい。クラフィティーは滑るようにビルの壁を走り、慈島との距離を瞬く間に離した。
「逃げて、逃げて、逃げ回り、人間を食って進化すれば!!喰われる側になるのはお前ダ、慈島志郎!!だからオレは、此処で戦略的撤退を――」
そう。己の持つ考えこそ正しいと信じて疑わなかったが為に、クラフィティーは致命的な判断ミスをした。
「……そう言えば、もう一つの質問に答えていなかったな」
鋭い一撃がクラフィティーの腹へとめり込み、肉を食い破った。
その激痛に身悶え、クラフィティーの足が二つ壁から離れる。そして次の瞬間、クラフィティーは慈島の蹴りを喰らい、勢い良く地面に落下した。
「ギャアアアアアアア!!な、なんで、なんでなんでなんで!!!」
不様に背中から落ちたクラフィティーは、此方に向って歩いてくる慈島に、先を尖らせた舌を伸ばした。人間の胴体を悠々貫くその一撃も、容易く受け止められる。
伸ばした舌が掴み取られる。そして、クラフィティーの体は勢いよく引っ張られ――彼の顔面の半分が、慈島の拳の中へと消えた。
問うまでも無かった筈だ。
クラフィティーは、最初に姿を消した状態で此処に来た際も、的確に居場所を特定され、殴られていた。姿を消した所で彼には通用していないという事に、クラフィティーは眼を向けるべきであった。逃げるにしても、即座に姿を消すのではなく、もっと考えて、別の策を練るべきだった。そうしなかったのが、クラフィティーの敗因だ。
舌を掴まれたまま宙吊りにされても、ぐったりと動けずにいるクラフィティーに、慈島は冥土の土産代わりにと、もう一つの質問の答えを囁いた。
「お前らに同類の匂いが分かるように……俺も、お前らの匂いが分かるんだ。そう遠くまでは効かないが……ある程度の範囲内にいる相手なら、探し出せる」
「んな、バか、な゛」
見開いた眼に最後に映ったのは、牙を剥くように笑った慈島の顔。それもすぐに、彼の腕に噛み千切られ、呑まれ、消えた。
「お前は頭は悪くないようだが……運が悪かったな」
べちゃりと地面に落ちたクラフィティーの体の前で膝を折り、掌を翳す。
まだピクピクと痙攣しているその体が、凄絶な咀嚼音と共に抉れ、消えた。
喰らえば喰らう程、”怪物”慈島志郎もまた、強くなる。だから彼は、フリークスを喰らう。
「俺のいる嘉賀崎に来たのが……お前の死因だ」
その異形の手で、守るべきものがある限り。