FREAK OUT | ナノ


栄枝に取って代わるように伸ばされた腕が、愛の体を掴み上げた。

それは紛れもなく、先程彼女が葬り去った筈の化け物の腕で。それはまさしく、悪夢としか形容のしようのない光景だった。


「ッ、ああああああっ!!」

「め――愛さん!!」

「けど、お前の力……そんなには使えないよなぁ。んん?それが弱点なんだよなぁ?」


ギリギリと愛の胴体を締め上げ、鋭利な牙を剥いて嗤うのは、カイツールだった。


先程の一撃で、一片残さず消し去られた筈の彼が、何故、再び蘇っているのか。

その答えは、罅割れた地面の中から飛び出してきた異形の腕を見た瞬間、二人の脳裏に迸るように浮かび上がった。


「だからよぉ、”核”半分だけ残して作った囮で、嵌めてやったんだ。へっへ、こんな見事に引っ掛かってくれると、気持ちいいなぁあ」

「あ……ぐ……うぅッ……!!」


愛の弱点が能力行使による消耗であると本能的に察したカイツールは、己の”核”と躯を二つに分けた。

”核”半分を残したはりぼての躯と、残りの”核”全てを移して千切った腕一本。


そう、愛が攻撃していたのは、殆ど中身の無い肉人形で。カイツール本体と言えるのは、寸前で切り離され、地面に潜り込んで避難していた腕の方だったのだ。


「やぁーっと捕まえたぜぇ、かわいこちゃん。へっへへ、焦らされた分、楽しませもらうとすっかぁ」


そうとも知らず、偽りの勝利の余韻に浸り、気を緩めた愛を捕縛するのは、とても容易かった。
此処に至るまでのことを想えば、やや呆気なく、味気ないようにも思えるが――その分は、これから補えばいいだろう。

カイツールは、手の中で痛みに悶えながらも、必死に抗おうと身を捩じる愛に恍惚と眼を細めながら、生殖器めいた舌を彼女のスカートの中へ潜り込ませた。


引き攣ったように、手の中の愛の体が硬直した。

粘液に覆われた舌が這う感覚に、これから行われる凌辱に、戦慄したのだろう。その絶望の強張りに、カイツールの愉悦は更に色濃く、歪む。


その悍ましい悦楽の形相に臆しながらも、このまま見過ごすことなど出来る訳がないと、栄枝は咆哮した。


「や……めろぉおおおおおおおおお!!」


愛を、助けなければ。彼女を此処で、死なせる訳にはいかない。

自分を信じて、共に戦ってくれた彼女を。何れ、真の”英雄”となるであろう彼女を、目の前で殺されるなど。断じてあってはならない。

例えこの命に代えてでも、彼女だけは――。


そんな栄枝の祈りと決意を込めた攻撃は、カイツールの背中から生えた、大樹のような触手の群れを前に、粉砕された。


「ちょっと待ってくれよ、サカエダ」


未だ、そんな力を残していたのか。
撓うだけで発現した枝を弾き、木を吹き飛ばす触手の凄まじさに栄枝が息を止めた刹那。著しく伸ばされた触手が一本、彼女の胴体を襲った。


「あ…………ぁ…………」


ただの突き。それだけで、栄枝の体は紙のように吹き飛び、骨が数本、持っていかれた。

腹は貫かれてこそいないが、内臓は何処かしら潰れただろう。地面に落ちた際、背中を強く打ち付けたのも相俟って、呼吸さえままならない激痛が、栄枝を襲う。


それでも、愛を救わなければと、必死に這いつくばる栄枝の足首に、カイツールは触手を絡み付けた。


「後でお前も遊んでやるからよ。へっへ。先に犯るのはコイツって決めたからよお。順番、順番」


此処で殺してしまっては、楽しみが減る。
かと言って、邪魔をされたり助けを呼ばれたりするのも厄介なので、足を封じておこうと、カイツールは栄枝に巻き付けた触手を切り離した。

触手は、切り落とされたばかりの軟体生物のように蠕動し、栄枝の脚に絡み、動きを苛む。
それを引き剥がそうともがけば、触手は枝分かれし、栄枝の手首へと渡り、一層強く彼女を拘束する。

ついでに、”聖女”に限ってとは思うが、自決防止にと轡代わりに触手を噛ませたところで、カイツールは再び、愛の方へ顔を向けた。


「う……ぅ……っ!」

「へっへへ。いいなぁ、その顔。痛くて、苦しくて、なのにどうしようもない時の顔ってのは、やっぱりそそるもんがあるなぁ」


愛をより恐怖させるような言葉を吐きながら、カイツールは服の更に奥深くへと舌を入れて、腹を舐めた。


この中に詰まっているものをこれから引き摺り出し、痛みに狂い悶える声を聴きながら、ゆっくりゆっくり中身を啜ってやろうか。

いや、まずは内臓の位置が変わるまで、滅茶苦茶に肉を押し込んで、辱めてやるべきか。


これから如何にして、愛を凌辱してやろうか考えながら、愛の薄い腹を舌の先で突いたりしていたカイツールは、ふと、あることを思い出し、僅かに眼を見開いた。


「……そうだ、思い出したぞ、お前のその服。それ、ちょっと前に苗床にした女が着てたやつと似てるんだ」




忌々しい程に甘い匂いが、鼻を掠めた。

それはかつて、自分が本当に無力だった頃に嗅いだ、濃密な、蜜のような匂いだった。


「名前はなんだったか……へっへ、思い出せやしねぇが愉しかったなぁ、あの時は」


忘れるものか。忘れられるものか。

あの匂いを、あの日のことを、あの惨劇を。一度だって、忘れたことはない。


(フリークスの中には、繁殖能力を持っている個体がいる。そのやり方はそれぞれだが……奴らは、人間を使って、新しいフリークスを生み出す。その犠牲になった人間のことを、俺らは”苗床”って呼んでる。お前のダチは、その”苗床”になってるっつー訳だ)

(運がなかったなぁ、こいつも。普通に食われてりゃよかったものを、まっさか”苗床”にされるなんてよ。恐らく、つーか、ほぼ間違いなく、こいつの親はフリークスに食われて、その皮被って化けるのに使われてただろうによ)

(よぉく見ててくださいねぇ。所長が貴方に見せたくなかった、僕らの世界を)


カーテンの隙間から、僅かに射し込む夕陽の色も。皮肉なくらい鮮やかな光に照らされる、変わり果てた彼女の姿も。蕩けて、溶けて、床へと伝い落ちていく肉の音も。彼女の中で蠢いていたものの動きでさえも。

覚えている。何もかも、何一つ色褪せることなく、覚えている。


目の前で友達を――仁奈を救えなかった悔しさも、悲しさも、憤りも。


「父親と母親の目の前で、無理矢理犯してよぉ。嫌だ嫌だって泣き喚きながら、腹ん中滅茶苦茶にされて、内側から肉を溶かされて、ぶっ壊されて……あぁ、今思い出しても興奮するなぁ」


脚に押し当てられた、酷く醜い肉の塊に、愛は眼を細めた。


痛かっただろう。怖かっただろう。辛かっただろう。苦しかっただろう。

こんな言葉じゃ足りないくらいの苦痛を受けながら、彼女は誰にも救ってもらえなかった。


助かりようがないから、どうにもならないからと処分されて。何一つ報われないままに、この世を去って。


それなのに、どうしてお前が、今日まで平然とのさばっている。どうしてお前が、彼女の死を悼むこともせず、へらへらと笑っている。どうしてお前が、生きている。


「そうだ、お前も同じように犯っちまうか。能力者だから≪種≫植えても意味ねぇけどよぉ、楽しむことが大事だってケムダーが――」


それは、カオルの元で覚醒した時の感覚に似ていた。

体の奥底から噴き上げるような力のうねり。自我さえ失いそうな、爆発的な衝迫。全てを呑み込み、無に帰すような血の奔流。

背後に迸る閃光や、飛び散るカイツールの血肉の色さえ霞む激しさで、それは愛を突き動かす。


「お、前」


腕を削がれたカイツールが、口を動かすより速く、愛の翼が閃く。
直後。広げられた翼から放たれる無数の羽根に撃ち抜かれ、カイツールの体が後退したかと思えば、再生しかけた腕に、一片の羽根が突き立てられた。

その羽根は、今し方乱射されたものとは似て非なるものだと、カイツールは反射的に悟り、片手を伸ばした。

だが、気付いた頃には時既に遅く。カイツールの腕に突き刺さった羽根は、再生中の肉を削り喰らうように回転しながら驀進し、カイツールの肩まで抉り、更にその勢いで頭部の半分を吹き飛ばした。


「ぎ……ぃえあああああああああああ!!!」


痛覚を鈍らせているにも関わらず、凄まじい痛みに見舞われ、カイツールは初めて吼えた。


カイツールの再生能力は、殆どオートだ。肉体的損傷があれば、体が自動的に肉を作り出し、失った部位を埋める。
だが、その超再生さえ上回る力で、カイツールは作り出した傍から肉を抉られた。

その感覚は、喩えるなら、爪先から徐々に体を削ぎ落とされていく痛みが、一瞬の内に絶え間なく、何百何千回と訪れるようなものだ。幾ら痛みに鈍いカイツールでも、叫び立てるのも無理はない。


あまりの激痛に、体が恐れを覚えたのか。削がれた部分がおっかなびっくりしているかのように、再生が遅い。

惨めったらしいその様を喜ぶことも、嘲ることもせず。愛はただ、塗り潰されたような眼でカイツールを見遣り――其処に流れる空気さえも竦ませた。


「……お前、が」


どうしてお前が、今日まで平然とのさばっている。どうしてお前が、彼女の死を悼むこともせず、へらへらと笑っている。どうしてお前が、生きている。


こんな不条理に理由があるとすれば、ただ一つ。


お前は――此処で私に殺される為だけに、今日まで生きながらえてきたのだと。

点滅を繰り返す翼のように黒い激情を振り翳しながら、愛は声を失って立ち竦むカイツールに、恐ろしく静かな声を落した。


「お前が…………仁奈ちゃんをやったのか」

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